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未知標  作者: 一族
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第四六九話 タイニーステップ(一〇)

 ひょんなことからの再転職となった祥子だ。正式な手続きは後日になるとして、取りあえずはカラーズの仕事に取り掛かりたかったのだが、

「あー。何か、あるかな」

 朝のオフィスに上司の郷本尋道は不在で、代わりに問い合わせた麻弥は、このとおり、頼りない。

「席、足りないけど、孝子か斎藤の席に座っとくか?」

「いえ。それは」

「だよな。あいつ、まだか。今日は、遅いな」

「あ。郷本さんなら勤怠管理に一報があるかもしれません」

「それだ!」

 取り出したスマートフォンに麻弥は目を落とした。

「あれ。あいつ、ワタゲンになんの用だ?」

 祥子も自分のスマートフォンで確認してみた。勤怠管理システムの出勤簿によれば、尋道は斎藤英明税理士事務所に直行し、神奈川ワタナベ海の見える丘店を経て、正午に出社予定、とある。

「この、斎藤英明税理士事務所というのは、斎藤さんの?」

「そう。お父さんの事務所だな。何か、あったのかな」

 待つしかないようだ。カラーズと舞姫では、業務に使用するツール類を統一している。麻弥の監督を受けながら、あれやこれや触れているうちに時間は過ぎた。

「お。珍しい。車で来たぞ、あいつ」

 麻弥が、外を見やってつぶやいた。程なく尋道が舞姫館に入ってきた。

「おはようございます」

「おつかれ。随分と早かったな」

 オフィスの壁掛けは、短針が一一の直前にあった。

「斎藤さんさまさまですね。あの人の馬力は、やっぱり、すごい」

「ワタゲンで、何かあった?」

「社用車を買いました。一切合切、斎藤さんが仕切ってくれたので、後は納車を待つだけです」

「え。2000があるのにか?」

 2000ことワタナベ2000は、カラーズと提携関係にある神奈川ワタナベ株式会社から貸与されている車だ。

「どちらかといえば玄人向けの車でしょう。初心者には優しくない」

 ぞくり、とした。尋道が口にした初心者とは、誰を指しているのか。

「そうか? ワタゲンのフラッグシップだけあって、ものすごく運転しやすいけど」

「見解の相違については、神宮寺さんと、どうぞ。時に、高遠さん」

「はい」

「で、結局、何を買ったんだ?」

 二人の声が重なった。

「正村さん。後にしていただけますか。高遠さんに大事な話があるんです」

「あ。ごめん」

「いえ。で、高遠さん。教習所には、通ってますか?」

 やはり、そうだった。くだんの社用車とやらは、祥子のために調えてくれたものらしい。

「はい。休日だけなので、まだ、全然、進んでいませんけど。第一段階の、本当に最初のほうです」

「限定では、ないですよね?」

「もちろんです」

「そちらは、よかった。で、教習の進み具合のほうは、いけない。こうしましょう。業務の一環として就業中も通ってください。長船の?」

「はい。長船自動車学校です」

「わかりました。事務になじみの方がいるので、短期集中コースに切り替えてもらいます。追加料金はカラーズで出しますよ」

 てきぱきと尋道は話を進めていく。電話、交渉、成立までで五分かかったか、どうか。

「午後に行きましょう。新しいカリキュラムを組んでもらいます」

「承知しました。郷本さん、自動車学校になじみがいらっしゃるなんて、顔が広いんですね」

 マニュアルの運転を忘れないよう、定期的にペーパードライバー講習を受けているうち、顔を覚えられただけ、と尋道は言った。

「マニュアルを偏愛する社長に仕えることになったわけですから、無駄にならずに済みましたね」

「さすがです」

 さて、と尋道は麻弥に向き直った。

「お待たせしました。ウェスタです。運転しやすいので、あれにしろ、と神宮寺さんの推薦がありまして」

 ワタナベ・ウェスタは孝子の愛車という。

「おお。グレードは?」

「さあ。そういう細かいところまでは覚えてないですね」

「別に細かくもないだろ」

「僕には細かいですよ」

「注文書は?」

「書類の類いは全て斎藤さんに渡しました」

 ぴしゃりと締めて、尋道はカラーズ島の自席に着いた。

「そうだ。高遠さん。席は、神宮寺さんの席に座ってください。あの方、今年はほぼいらっしゃらないので」

「はい」

 カラーズ初日の祥子が得た知見は、三つ、あった。郷本尋道の周到さと。正村麻弥の車好きと。最後の一つは、そこはかとなく漂う両者の相性の悪さと、だ。

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