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未知標  作者: 一族
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第四六八話 タイニーステップ(九)

「よろしければ、私にお手伝いさせてください。マネジメント事業部の一員として、お役に立ちたいと思います」

 しかし、さっそうとした表明を受けたにもかかわらず、尋道の表情はさえない。マネジメント事業部の部下の存在を失念していたわけではなかった。彼女には頼れない理由があったのだ。

「そうか! 造船のつながりで高遠に協力してもらうんだったよな。お前が、うまく根回ししておけば、いけるんじゃないか?」

「ところが、ね」

 何も知らず盛り上がっている麻弥に向けて、尋道は首を横に振ってみせた。

「伊澤浄君と野球部の都合が合うのは、平日の夕方だけなんですよね。ちょうど舞姫の練習時間と重なってしまいます」

「一カ月ちょっと、ですよね? その間、休みます。先輩と伊澤に聞きました。郷本さんのお口添えで、お姉さんが動いてくださった、と。ご恩を返させてください」

 すぐさま反ばくがあった。尋道の想像よりも、はるかに決然と祥子は名乗りを上げたようだ。元重工の経歴が役に立つこともあるか、と指名した相手だったが、かよう意気に感じるたちであるのなら、話は変わってくる。考えてみれば、自分を含め社会人経験のない若造が多数を占めるカラーズと舞姫のスタッフ連にあって、祥子は貴重な実戦派だ。より緊密な関係を築くのも悪くなさそうだった。

「わかりました。そこまでおっしゃっていただけるのでしたら、こちらも真剣に検討しなくてはいけませんね」

 尋道はスマートフォンを取り出した。メッセージを入力しながら、つぶやく。

「高遠さん。お返事は保留させてください。僕の一存では決めかねる部分がありますので」

「はい」

 経緯と要望をしたためて送った相手は、もちろん、カラーズの社長、神宮寺孝子だった。返事は、五分ほどで返ってきた。アルバイトの終了次第、舞姫館に向かうので、お手数だが帰らずにとどまっていてほしい、と言ってきた。

「高遠さん。神宮寺さんが、七時半ごろ、かな。いらっしゃいますので、同席してください」

「はい」

「あいつ、なんだって?」

「帰らずに、残っていろ、とだけ。何か、お考えがおありなのでしょう」

 孝子のアルバイト終了時刻と、同時間帯の渋滞予測から導き出した到着予想は、どんぴしゃりだ。午後七時半、舞姫館に現れた孝子は、裁可やいかに、と固唾をのむカラーズ島、舞姫島の人たちの中心に進んできた。

「さっちゃんや。転職したてで悪いけど、もう一回、転職しようか」

「え……?」

「カラーズに来なさい。野球の子にかかずらって、つぶれる時間は、午前でも午後でも好きに確保したらいい。これ以上、舞姫に口出しもしにくいし、カラーズで引き受けるよ。中村さん」

「はっ」

「かき回してばかりで、ごめんなさい。今回を最後にします」

「いえ」

 中村はおうように首を横に振った。

「自在に振る舞ってこその、あなたです」

「ありがとうございます」

 中村に向けた最敬礼が解けると、次は尋道だった。

「郷本君や」

「はい」

「これで、よかった?」

「十分です」

 本日、二度目の早業に送るせりふは、これ以外にない。

「じゃあ、後は、よしなに」

 そう言って、孝子はきびすを返す。

「ふあ。お前、もう帰るのか?」

 ここまで、あぜんとしていた麻弥が、目を覚ましたばかりのような声を出した。

「そうだよ。ぼやぼやしてたら、佳世君が先に帰ってくるでしょう。だいたい、私が来る、ってわかってるのに、なんで麻弥ちゃんは、ここにいるの。戻って、晩の支度とかやってくれていたらよかった。気が利きませんなあ」

 一撃で麻弥はぺしゃんこにされている。

 完全に孝子の姿が消えたところで、尋道は祥子に顔を向けた。

「やる気に報いてほしい、と言ったら、大ごとになってしまいましたね。まあ、悪いようにはしませんので、神宮寺さんの言ったとおりにしてください」

 可能であれば、獲得してほしい、と具申しておいて、よく言う。事あるごとに、詐欺師、と孝子から称される男の、これが流儀であった。

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