表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
466/747

第四六五話 タイニーステップ(六)

 孝子が那美および尋道と浄の結託を知ったのは、那古野で一泊した帰途、舞姫館に立ち寄った昼下がりのことであった。

「におうな」

 とっさに出てきたのは、このせりふだ。

「どのように?」

 野球好きという中村が問うてきた。

「ええ。うちの末妹は、ちゃっかりした子なので。そんな、気のいい振る舞いをするなんて、どうも、信じられなくて」

「これは、お口の悪い」

「いえいえ。実際、バスケ部のマネージャーになったのも、静の妹だし、ちやほやされるはず、ってもくろみがあったからで。ねえ。高遠さん、伊澤さん」

「そんな話をされてましたね」

 舞姫島の祥子が振り返って言った。

「まじか、って最初は思いましたけど」

 まどかも加わる。

「ただ、郷本君が絡んでるのが、気になる。那美ちゃんごときに乗せられる人じゃないんだよね」

「そういえば、あいつは、どうした。まだ来てないのか」

「舞浜ケーブルテレビに直行。その後、小早川さんと一緒に重工野球部の中田(なかだ)部長と会食。午後二時出社予定」

「あ。お前に連絡してきてたのか」

「違うわ」

 麻弥と、那古野行きのため税理士事務所を昨日、今日と休んでいたみさととの間に発生した掛け合いだ。

「勤怠管理を見ろ。その言い草だと、お前、自分の打刻でしか使ってないな。他の人の出退勤の状況とかもわかるんだよ。せっかく導入したシステムだし、せいぜい活用してほしいものですなあ」

 孝子は不動だ。今年度はほとんど出社しないこともあって、勤怠管理システムの存在自体を忘れていたが、口にしなければ、ばれはしない。キジも鳴かずばなんとやら、である。

「あ。でも、あいつ、舞浜ケーブルテレビに、なんの用があって」

「もっさんに、伊澤君の映像がないか、調べてもらったんじゃないの? 舞経のスカウトが来るぐらいなら、中学時代の映像があっても、おかしくない。ついでに、取材させる、とでも言えば、もっさんをこき使える」

「で、中田さんとの会食に連れていってるぐらいだし、成果があったみたいだね。やあ。どんな話を持って帰ってくるか。楽しみだわ」

 尋道は勤怠管理システムへの記述どおりの午後二時に戻ってきた。

「郷さん。どうなった?」

「伊澤浄君より先に報告を受けるべき人は、この場にいませんよ」

「それは、そうだ」

 軽くあしらわれて、みさとは苦笑している。

「お前、いつの間に重工の野球部になんか取り入ってたの?」

 麻弥が尋道のためのコーヒーを淹れながら尋ねた。使っているコーヒーメーカーは、SO101で芳醇な香りを振りまいていたやつだ。

「神宮寺さんに頼まれて、川相さんと重工さんの野球部との間を取り持ってましてね。そのどさくさに紛れて顔を売っていたのが、今回、役に立ったんですよ」

「取り持つ、って。どういう意味?」

「川相さん、顧みない方なので。先輩の不義理は後輩の進路に影響を及ぼしますから。川相のようなやつは二度とごめんだ、今後、福岡海道の生徒は取らない、とならないよう、フォローする必要があったんです。川相倫世さんの深謀遠慮ですね」

「それって、田村が川相さんに言って聞かせれば、済んだ話じゃないのか?」

「先方の事情はわかりかねます。それはそうと、神宮寺さん。那古野は、いかがでした?」

 尋道は話題を、ぐいと転換させた。愚にもつかぬことを言った自覚はあるようで、麻弥は赤面している。

「うん。ナジョガクさんの練習着に、カラーズのロゴが入るよ。必要ない、って言ったんだけどね。スポンサーに対する、当然の礼儀、って松波先生がおっしゃって」

「意外に、ね」

 後を引き継いだのは、みさとだ。

「天下のナジョガクさんといえども、年間の予算って、そこまで多くなくて。そりゃ、専用の体育館があったり、トータルで見たら莫大なお金がかかってるんだけども。なんと、うちが提示した金額が、女バスの予算ととんとんぐらいだったのだ。松波先生も、長沢先生も、びっくりよ」

「いいですね。北崎さんの動画や伊澤君の件と併せて、育成のカラーズをアピールできそうだ。その路線も探ってみましょうか」

「統括させてあげようか?」

「結構です。僕は下っ端で黙々とやるのが性に合ってます」

 にべもなく断ってきた尋道を、孝子はじろりと見た。

「怠けるな。決めた。嫌がらせでマネジメント事業部長に任命してやる」

「変な事業部を作らないでください」

「思うさまにやって。他に諮る必要はないよ」

 要領を得ない麻弥あたりに、いちいち絡まれてはやりにくかろう。フリーハンドを明言したのは援護射撃のつもりだった。

「諮ろうにも、どうせ僕一人の事業部なんでしょう?」

「部下が欲しいなら指名していいよ」

「舞姫の方でもいいですか?」

「親会社の強権発動で、嫌、とは言わせない」

 孝子の横暴な発言に、舞姫島では中村が失笑している。

「では、高遠さんを」

 オフィスの全員がぎょっとした。それほど意外の人選といえた。

「さっちゃん。いい?」

「は、はい」

「僕一人では手に余るときだけ、お願いします。普段は、お手数を掛けることはありませんので、安心してください」

「承知しました」

「男同士の気安さで彰君を指名するかと思った」

 孝子にただされて、尋道は首を横に振った。

「高遠さん、門津造船所にいらしたでしょう。当面、密な交際相手となる野球部は、船舶・海洋事業本部付のチームなんですよ。同胞のよしみで潤滑油となってほしい、と思いましてね」

 予想外の任命だったはずだが、重工内における野球部の立場と、高遠祥子の前職での任地とを、とっさに結び付けて、有用な人材を確保するとは、やはり、尋道は抜かりがない。マネジメント事業部は、彼に完全に一任するとしよう。孝子は思いを新たにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ