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未知標  作者: 一族
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第四六二話 タイニーステップ(三)

 鶴ヶ丘を東から西へと抜ける国道沿いに、一軒のコンビニがある。神宮寺医院の又隣の、その店の前に、四月上旬の一日、午後四時になんなんとするこの時、濃紺のブレザーたちがたむろしていた。舞浜市立鶴ヶ丘高等学校の生徒たちだ。五人中四人が女子生徒という構成比の理由は、飛び抜けて背の高い唯一の男子生徒にあった。

 伊澤まどかの弟、浄は、この春に新一年生となった一五歳だ。優男で、性格も明朗なこの少年は、とにかく異性の目を引く。帰りしなの一対四は、彼が望んだわけではなかった。女子生徒たちのほうから押し掛けてきたのだ。しかも、彼女たち、浄とは高校入学後に知り合ったばかりの、浅い付き合いでしかないにもかかわらず、である。


 だべり始めて、はや三〇分がたとうとしていた。見目同様に性格もいい浄なので、おくびにも出さないが、実はこの男、女子生徒たちとのとりとめのない会話にうんでいる。そろそろ切り上げて、家路に就きたいものだ。何か、適当な口実は、ないか。そう考えていたところに、救いの神が現れた。

「おい。弟。おごれ」

 コンビニの敷地内に入ってきた、浄たちと同じブレザーの制服が声の主だった。神宮寺那美だ。

「あら。お久しぶりです」

 姉の応援で、バスケットボールの試合会場に赴いた際に、二言三言、口を利いたことのある二人だった。全く親しい間柄とは呼べないものの、記憶の限りでは、この佳人、相当に陽性の人である。浄を見掛けたのを、これ幸いとたかってきたのだろう。

「鶴ヶ丘だったんだ」

 のしのしと那美が寄ってきた。周囲の女子生徒たちが、押された、感覚が浄にも伝わってきた。すさまじいまでの那美の容姿に気後れしたのに違いなかった。

「うっす」

「相変わらずむかつく顔してるな」

「えー。先輩、姉ちゃんと仲が悪かったんですか?」

「いや。普通」

 あっはっは、と大笑しても、那美の流麗な線は崩れない。

「そういえば、弟は、野球がすごかったんじゃなかったっけ。ピッチャー。伊澤先輩に聞いた記憶がある」

「うっす」

「鶴ヶ丘は野球部、ないでしょ?」

「うっす。ないっすね」

「もしかして、けが?」

「いえ。一応、熱心に声を掛けてくれた高校もあったんですけど、丸刈りが嫌で」

「そいつは嫌だな」

「あと、全寮制なのも。一日中、先輩に顎で使われるとか、冗談じゃないっすよ」

「そいつは甘ったれだな」

 ふーん、としげしげ那美は浄の顔を見上げている。一七〇前後はある、かなり背の高い那美だが、浄は、はるか上を行く一九〇センチだ。

「弟は、本当にすごかったの?」

「真面目にやれば、プロ、行けた、とは本気で思ってますけど」

「そうだった?」

 那美は、自分の一番近い位置にした女子生徒に問い掛けている。

「あ。いえ、私、伊澤君とは中学、違うので。野球部だったのも、今日、知りました」

「みんな、そうっすよ。高校からの知り合い」

「なんだ」

 言った直後に那美は、口をとがらせ、首をかしげた。

「でも、あの伊澤先輩の弟だし、そこそこ、やれそうではあるのかな。弟は、もう野球はやらないの?」

「多分。好きは好きですけどね。高校ぐらいになると、部活以外で野球できる場所なんて、ほとんどないですし」

「できるようにしてあげようか?」

「え?」

「で、首尾よくプロになれたら、契約金をよこせ」

 果てしなく飛躍した話の可不可は別にして、女子生徒たちとの会話を打ち切る好機であった。浄は、乗っていく、と決めた。

「いいっすよ。プロになれたら、契約金、全部、先輩にあげますよ」

「言ったなー。よし。行くぞ」

「どこに行きます?」

「launch pad」

 どこなのか、と問えば、神奈川舞姫の拠点も所在する練習施設を総称して、そう呼ぶのだとか。ということは、だ。浄がひそかに思慕する高遠祥子とも、久しぶりに会えるだろう。望むところといえた。

「うっす。じゃあ、ちょっと、俺、行ってくるわ。先輩、行きましょう」

「待て。その前に、おごれ」

 那美はコンビニを指さした。細い肢体の相手だ。シュークリームとコーヒーで足りよう。締めて三〇〇円ぐらいの出費になる、と浄は見積もった。お安いご用だった。

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