第四五七話 乱れ髪(二〇)
定刻の午後一時だ。基佳に呼び込まれ、神奈川舞姫合同会社社長兼ヘッドコーチの中村憲彦が舞台に登場した。同副社長兼マネージャーの井幡由佳里、同強化部長兼アシスタントコーチの雪吹彰、市井美鈴に率いられた舞姫たちと続く。
「どうも、あの子は、元気がないね」
司会の紹介を受けたスタッフ三役が、それぞれ、あいさつした様子を見て、孝子はつぶやいた。堂々とした中村、凛とした井幡に比べ、彰はいかにも線の細い印象だった。
「社会人経験の長いお二人と比べたらかわいそうですよ。同じ柔和系として、そこは弁護させていただきましょう」
聞いてあきれる。柔和なのは外面だけで、内面は相当にしたたかな男だ、郷本尋道は。
「どの口が言ってるの。あなたは、内柔外剛。彰君は、内柔外柔」
「どうしても威勢のいい人ばかりになりがちなスポーツの現場です。雪吹君のように柔らかい人は貴重でしょう。時に、話は変わりますが、この後、マンスリーマンションの内覧に行くんですよ。カラーズで行きませんか?」
「いいよ」
「聞けば、中村さん、今日は一日、立て込んでいるそうですので、具合がいいようなら僕たちで決めてしまいましょう」
「どこにしたの?」
「小磯です。やはり、開けた場所でないと、あの手はありませんね。鶴ヶ丘近辺では見つけられませんでした」
「だろうね」
話し込んでいるうちにも壇上の会見は進行していた。中村による所信表明、井幡による長期展望の説明ときて、彰だ。彼が任されたのは、選手の背番号発表ならびに自己紹介の世話役である。
「背番号11、キャプテン、市井美鈴」
米女子プロリーグ、LBAのサラマンド・ミーティアで活躍する市井美鈴は、舞姫のみならず、日本の女子バスケットボール界を代表する選手だ。花も実もある彼女の存在だけで、舞姫は凡百のチームに立ち勝っている、といえた。
「背番号13、副キャプテン、栗栖万里」
「背番号18、副キャプテン、後藤田睦実」
美鈴の後を受けたのは、二人の副キャプテンだ。元エヌテックポインターズの栗栖と、元鹿鳴製鋼リーベラの後藤田は、所属チームで戦力外の憂き目に遭ったところを、舞姫に拾われた。同じ立場の背番号14、元国府電気ハーモニーズ青山多恵、背番号23、元SSCアイギスの諏訪昌己ともども、復活に期する思いは強い。
選手三役が済めば、自己紹介は背番号順に移る。
「背番号2、神宮寺静」
美鈴と同じくLBAで活躍する静は、所属チーム、レザネフォル・エンジェルスで背負う2番を選んだ。まとうユニフォームの色が赤から青に変わっても、その手練は変わらないだろう。
「背番号3、高遠祥子」
「背番号4、伊澤まどか」
チームへの加入順で、と定められた背番号選びのルールを、敢然と無視したのが、まどかだった。3と4が欲しい。2、3、4で鶴ヶ丘ラインを組ませてくれ、と主張し、せしめた。小学校以来の仲よし三人組は、ついに社会人でもつるむことと相成った。
「背番号7、安住美樹」
大学女子バスケットボール界の最強豪「各務舞大」で磨かれてきたのが、この安住と背番号15の竹内美帆だ。名将、各務智恵子の薫陶を受けた両者は、実力はもとより見識においても、チームに貢献できる人材と期待されていた。
「背番号9、北崎春菜」
マイクが、春菜の手に渡った。世界最高峰の女子バスケットボール選手と自他共に許す大エースは、何を語るのか。皆が固唾をのむ中、
「随分と長くなりましたね」
開口一番、不穏である。
「女子バスケに興味があって、私の名を知らないようなもぐりが、ここにいるとも思えませんし、私はいいですね」
ほざいて、さっさとマイクを次に回そうとする。すっ飛んできた美鈴が止めて、もみ合いだ。
ため息は、尋道だった。
「あの方の扱いは難しいですね。持って生まれたスター性といいますか。あまりにも強烈に過ぎて、周りの存在をかき消してしまう」
「後で締め上げようか?」
「いえ。法に触れたり、明らかに不謹慎な言動でもなければ、あの個性は珍重すべきかと。むしろ、かき消される側に奮起してもらいましょう。舞姫のためにも、そちらがいい」
「うん」
舞台上では中村の一喝が炸裂して会見が再開していた。
「背番号8、黒瀬真中」
「背番号10、香取優衣」
那古野女学院出身の黒瀬と香取は、まどかのルール無視に触発されて、8番と10番の入手に動いた。9番の春菜、11番の美鈴ら、大先輩方とナジョガクラインを組ませてほしい、というのである。鶴ヶ丘ラインとナジョガクラインとの功名争いが舞姫の名物となれば、チームの隆盛も確かなものとなるはずだ。
「背番号14、青山多恵」
「背番号15、竹内美帆」
「背番号23、諏訪昌己」
一三人の名前が読み上げられて、舞姫たちの自己紹介は終わった。なお、舞姫加入が決まっているアーティ・ミューアとシェリル・クラウスについて、一切、紹介されなかったのは、あえての決定だった。二人の名声で舞姫たちの存在がかすむことを避けたのだ。二人を象徴する背番号、1番と33番は、抜かりなく空けてある。神奈川舞姫が、世界のバスケットボール界に衝撃を与えるのは、もう少し先の話になる。




