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未知標  作者: 一族
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第四五二話 乱れ髪(一五)

 アトジオ構築には、都合、五日を要した。用具の選定に一日、発注から納品までに四日だ。用具の購買は舞浜大学学生協同組合で行った。カラーズと舞姫は、舞浜大学と締結した産学連携協定の一環として、同学協の組合員になっている。

「なかなか、いいね」

 納品された用具を2C号室に配し終え、そのさまを眺めた孝子はうなずいた。

 室内は大きく変貌していた。2B号室から移設してきた机と椅子が増え、使用する予定のなかったベッドが2B号室に送られている。ベッドの跡地にはキャビネットを配した。今はすかすかの棚も、おいおい内容物が増えていくはずだ。

 机の割り振りは、2C号室の備え付けは孝子が使い、旧2B号室のものが麻弥、と決まった。孝子は自らの机にシンセサイザーだけを置いた。単体で音の出力まで対応するハンディータイプに不満はなかった。電子オルガンが本職という自負も手伝っていた。シンセサイザーに、これ以上、入れ込む気はないのである。

 一方、簡素な孝子のそれと比べると、麻弥の構えは豪勢だ。後付けの傾斜台と机上棚および大型のタブレットで、いっぱしの作業場になっている。このうち、タブレットは麻弥が震え上がったほどの高額品であったが、孝子は構わず購入した。

「立派、立派」

「立派、じゃないだろ。こんな高いの買って……」

 隣にいた麻弥がぼやく。

「これを使って、いい絵をばりばり描いてくれれば、すぐに元は取れるよ」

「まあ、頑張る」

 孝子はタブレットを手に取った。

「これ、郷本君が言うには、音もいいらしいね。麻弥ちゃんが使ってないときに、洋楽のミュージック・ビデオでも見ようかな」

「うん。見て、見て。ぜひ、見て。独占なんてしたら、罰が当たる」

「では、早速」

「あ。ぼちぼち下に行ったほうがよくないか? 長沢先生、そろそろだろ」

「と、もうそんな時間か」

 時間を確認すると、正午にならんとしていた。三月下旬の一日のこの日、舞姫館は鶴ヶ丘高校女子バスケットボール部顧問、長沢美馬の表敬訪問を受ける。高校が春季休暇に入り、時間に余裕ができた、とかでの申し入れだった。昼休憩に入り次第、そちらへ向かう、と長沢は言っていたので、程なく到着するだろう。

 オフィスに戻ると、折よくlaunch pad正門の警備員から来客の通知が届いた。長沢の到着だ。カラーズ一同、舞姫スタッフ、さらには、長沢来たる、の報を聞き付け、手ぐすね引いて待ち構えていた静ら鶴ヶ丘高校女子バスケ部OGの三人、春菜ら舞浜大学女子バスケットボール部勢の三人が、一斉に舞姫館の外に飛び出した。

「おいーっす」

 正門の方向から近づいてきた長沢が手を上げた。

「長沢先生。いらっしゃいませ」

「お。孝子、久しぶり」

 わいわいとあいさつが済むと、長沢は、大きく息を吐いた。

「お前たち、こいつは要注意だよ。早いうちに、一度、締め上げておけ」

 カラーズ勢に掛けられた言葉だった。長沢が示したのは伊澤まどかだ。

「伊澤さん、どうかしましたか?」

「私どころか、親御さんにも相談せずに重工を辞める。その時、木村さんにけんかを売る」

 噴き出したのは中村だ。

「いや、ね。高遠に、バスケ選手として、死ね、と言ったに等しいお前とは一緒にやれない、って。木村先輩に、そうたんかを切ったそうですよ。伊澤は」

 当事者の談話を、中村は代弁する。

「俺に、堂々と歯向かってくるような、あんな気の強いやつ、本当は手放したくないんだぞ、と笑ってらしたな」

「私が、門津に行きたい、って言ったときに、認めてくれてたらよかったんですよ。そうすれば、貴重な戦力を二人も流出させずに済んだんです」

「伊澤」

 意気軒昂なまどかをたしなめたのは祥子だ。

「今なら、わかる。一年前の私が、どれだけ軽率だったか。私のこと、少しも怒ってなくて、それどころか、私がこっちに戻れるよう、力を尽くしてくれるような人を疑うなんて、あり得ないもの。こいつ、話にならない、って木村部長に思われても仕方なかった」

「お前、変わったよね」

 長沢はかつての教え子の神妙なさまに目を細めている。

「この間、菓子折を持って高校に来てさ。とても、そんな気の利くようなやつじゃなかったんで、驚いた、驚いた」

「ひどい言われようですけど、言い返せません」

 ひとしきりの哄笑の後、一同は館内に入った。昼時の懇談は、昼食がてらに食堂で執り行われるのである。

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