表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
451/747

第四五〇話 乱れ髪(一三)

 残り二週間とはいえ、要請があった以上は、努力してみるべきだろう。孝子は楽曲制作の継続を決めた。間に合えば、よし。間に合わぬも、よし。既にコンペティションには二曲を提出済みだ。気楽に臨める。

「まひかぜ」で軽い食事を取らせてもらった後、遅れて出勤した舞姫館で、早速、シンセサイザーに向かった。しばらくいじっていると、麻弥とみさとが、こちらをちらちらうかがっていることに気付いた。

「うるさかった?」

 ヘッドホンは着けていたし、シンセサイザーも、そろそろ扱っていたつもりだが。

「いや。何をしてるのかな、って」

「見ればわかるでしょう。曲を作ってるんだよ」

「それは、見ればわかるけど。なんの曲?」

 みさとは口をとがらせる。

「コンペティションの」

「あ。この前、話してたやつか。完成したんじゃなかったの?」

「どしどし作れ、って指令が出てね。いくらでも使うシチュエーションはあるんだって」

「そうだ」

 立ち上がった麻弥が寄ってきた。

「剣崎さんに渡した曲、どうなった? 聴きたい」

「いいよ。応接室を使おうか」

「ここでやればいいのに」

「SO101なら、そうしたけどね」

 午後のひととき、舞姫島では中村らが執務中だった。

「お姉ちゃん。なんの話?」

 舞姫島にいた静が、椅子のキャスターを転がして近づいてくる。

「舞姫の舞台演出で使う曲の話」

「聴きたい! お姉ちゃん。麻弥ちよりも舞姫所属の私に聴かせるべきじゃないかな!」

「おい!」

「静ちゃんも来たらいい。そこにいても、さっちゃんと伊澤さんの邪魔になるだけだし」

「えー。邪魔じゃないよね? サチ、伊澤」

 問われた二人は失笑した。確かに静、何をするでもなく、舞姫勤務の後輩たちのそばに居座っている、はた迷惑な先輩なのだ。

「とにかく、おいで」

「どうせなら、みんなに聴いてもらって、意見とか聞いてみたら?」

「そうそう。舞姫のための曲なんだし」

 静とみさとの言に続いたのは、尋道のため息だった。

「せっかく機嫌よく聴かせてくれそうだったのに。余計なことを」

 暴れ馬、岡宮鏡子のマネージャーを大過なく務める男の観察力は、だてではなかった。尋道の指摘どおり、孝子は気分を害している。

「そういうこった。私に指図するな」

 重低音がエントランスホールに響いた。

「スケールは違いますが、いわば『至上の天才』の音楽版ですよ。あの剣崎さんでさえ、この人には、一切、意見しません。見習ってください。さて。神宮寺さん」

 孝子はちらりと尋道を見た。

「作業は、寮の空き部屋でされては、いかがですか? 天才には孤高が似合います。井幡さん。寮の空きは、いくつありましたっけ?」

 カラーズ島の騒乱を眺めていた井幡の背が、しゃきっと伸びた。

「四部屋です。三階に二部屋と、二階に二部屋。ただ、三階は、一応、外国籍選手のために空けてあるので、実質的には二階の二部屋でしょうか。もちろん、神宮寺さんがお使いになるのでしたら、三階でも、全然、構いませんが」

「あ。でしたら、私の部屋の隣はいかがですか? 私、2のDで、2のBと2のCが空いてるんですよ」

 井幡の説明を受けて、手を上げたのは祥子だ。

「ほう。それは面白い。スピーカーをさっちゃんの部屋に向けてセットするかな」

「意地悪だ」

 素直で、礼儀正しくて、お気に入り、と自ら評した相手とのやりとりだった。孝子は機嫌を直して大笑する。

「ちなみに、2のAは、どなた?」

「私です」

 井幡だった。

「悩ましいな。2のBに入って、井幡さんの部屋にスピーカーを向ける手もあるのか」

「えっ」

「冗談ですよ。2のCにします。家具って、何か、あるんですか?」

「入ってすぐの左手に据え付けのクローゼットがあって、それから、奥の壁際に、ベッドと机と椅子、ですね」

 十分だ。シンセサイザーとヘッドホンをキャリングバッグにしまい込む。立ち上がった孝子に、井幡が2C号室のカードキーを手渡してくる。

「ありがとうございます」

「持つよ」

 麻弥が手を差し出してきた。キャリングバッグを任せろ、というのだ。

「ほい。あまり重くはないんだけど、かさばるよ。気を付けて。そうだ。私、上の階、見たことないや。案内して」

「わかった」

 キャリングバッグを手に提げた麻弥を従え、孝子はカラーズ島を離れた。尋道の進言を入れ、孤高に浸るため、2C号室に向かうのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ