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未知標  作者: 一族
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第四四九話 乱れ髪(一二)

 音楽家にミーティングを要請されたのは、孝子が舞浜に戻って四日目の夜だ。預けておいた楽曲が、ざっくりとだが仕上がった。検分を願いたい、という。繁多のさなかに剣崎も、実質三日で、よくやったものであった。

 ミーティングの日取りは、翌日の朝一と決まった。いつでも、と言われれば、最速を選ぶ。場所は剣崎の仕事場だ。

「拝聴します」

 乱入と同時に孝子は言った。

「そうおっしゃると思って、準備万端ですよ」

 音楽家に勧められるまま、孝子はソファに腰を下ろした。

「郷本さんにも声を掛けたんだけど、今日は都合が悪い、って話だったので」

 機器に向かい合ったまま剣崎は言った。

「はい」

「ケイティーに預かった二曲の他に、郷本さんのと俺のも、ついでに聴いていって」

「お二人のもあるんですね。楽しみ」

 一曲目にかかったのは、孝子の『Festival Prelude』だ。舞姫の始動をモチーフに、軽快さを強調したつもりだが、剣崎はその内意を完璧に酌んでくれていた。実に乗りがいい。

 二曲目も同じく孝子の『Wayfarer』である。舞姫とは全く関係なく、福岡で遊び歩いていた際の高揚が、この曲を発想した素地になる。音楽家によるアレンジに期待して、どさくさ紛れに提出した。原板にはない速弾きが特に気に入った。

 信之作の『Steps』は、得意のギターサウンドが前面に押し出された、巧妙さが際立つフュージョンの一曲だ。

 最後に、音楽家の手掛けた重厚なクラシカル・クロスオーバー、『Overture』が、ずぬけた完成度を誇っていたことは、言わずもがなであった。

 孝子は、再度、通しの再生を依頼した。終われば、もう一度、さらに、もう一度、と合計四度、じっくりと聴き込む。

「当然、剣崎さんの曲が一番として、おじさまも、さすが。でも、私のだって悪くないですね。優秀なアレンジのおかげかな」

「実際、いいですよ。使います」

「採用されたら、試合の、どんなシチュエーションで使っていただけるんですか?」

「今回のは、オープニングあたりを想定しているかな。他にも、選手紹介のときとか、幕間とか、試合の終わった後とか。いくらでもシチュエーションはあるよ。引き続き曲は募集してるんで、この二曲だけと言わず、どしどし書いて」

「私の作業の遅さだと、もう間に合わないかな。あと二週間ぐらいで大学なんですよ。曲作りに集中できる時間は、そこが最後。夏休みは、開幕まで間がなさ過ぎるし」

「ケイティー。単位がまだ?」

 ふん、と孝子は鼻を鳴らした。

「単位は取り終わってます。でも、行くんです。あなたの彼女も同じようなことを言ってましたけど、せっかく学費を出してもらってるのに、行かないなんて、あり得ないでしょう。ちゃんと通って、舞浜大をしゃぶり尽くします」

 ここで、剣崎、なぜか笑いだした。

「なんですか」

「いえ、ね。今の、痛恨の一発だったんで。効いた」

「何がです?」

 問い返した瞬間に、孝子は思い起こしていた。とある人物に聞かされた、音楽家の若輩時代の逸話を、である。

「斯波さんに聞いた記憶がありますよ。剣崎さん、二回留年した揚げ句に、大学、中退しちゃったんですってね」

 孝子と親交の深い、とある人物こと斯波遼太郎は、剣崎の高校時代の後輩だ。

「今とは違って、すごくちゃらちゃらしてたとか、なんとか。斯波さん、おっしゃってましたよ」

「返す言葉がないな」

「あ。そのころの剣崎さんの様子って、岩城さんに伺ったら、ご存じじゃないですか? 長い付き合いっぽいですし」

 剣崎と親交のある老人の名を孝子は出した。

「ご存じだねえ。じきに二〇年になるよ。うん。あの人とは長い付き合いだ。そうそう。ケイティーが来る、って伝えたら、岩城さん、今日は早めに店を開ける、って言ってたな。もう来てるころかも。行ってみない?」

「そうですね」

 孝子はうなずいた。到着から、結構な時間が経過していた。一服しよう、という剣崎の提案は適宜であった。岩城が経営する喫茶「まひかぜ」は、剣崎の仕事場が入居するビルの地上一階を占めている。

 音楽家の仕事場を出て、地上に上がると、陽光がまぶしい。一方で、気温は低かった。この日はきつい花冷えだった。

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