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未知標  作者: 一族
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第四四六話 乱れ髪(九)

 ほうほうの体で舞姫組は練習に去り、オフィスにはカラーズの四人が残った。自ら淹れたコーヒーを孝子が飲む間、他の三人は押し黙って控えている。

「そんなに緊迫しなくても、目が合ったぐらいでかみついたりはしないよ」

「本当にー? いまだかつてない緊迫感があるんだけどー」

「そこまで無法者じゃない。そうだ。郷本君。おじさまに伺ったよ。歌舞のレッスン、おじさまが見てくれてるんだね」

 舞姫が演じる歌舞を監督するのは孝子と音楽家の剣崎だ。前者は休暇、後者は多忙でレッスンに関われていないため、善後策を音楽家に依頼したところ、尋道の父、信之にお鉢が回った、という話であった。

「歌だけですがね。舞については、ロケッツさんのチアの方たちが空いたら見ていただける手はずになっていて、待ちの間に歌だけは完璧にしておく作戦、と剣崎さんはおっしゃってましたよ」

「みんな、体を動かすのはお手のものだろうし、その順番でいいかもね」

「レッスンは、交代するのか?」

「交代?」

「お前と、おじさん」

「しないよ。おじさま、教えるのうまいんだよ。私はギターだったけど、すぐに弾けるようになったし。おじさまに任せておけば、安心」

「でも、お前が教えた市井さん、ぶっちぎりでうまいけど」

「あれは、ミス姉だから。他の人じゃ、ああはいかない。代わらないよ。絶対に、おじさまがいい」

 不服らしい。押し黙った麻弥のほうへ、孝子は身を乗り出した。

「なんか文句あるの?」

「え……?」

「私が、サボりたくて、逃げを打ってる、って思ってるだろ、てめえ。違うわ。ぼけなす。私の教え方はきついの。ミス姉と須美もんにも言われたよ。めっちゃ体育会系、って。二人は、バスケの超強豪校でばりばりやってきた人たちでしょう。全然、びびらなかったけど、舞姫に来るような連中が、同じようにできるとは、私は思わない。きっと、つぶれる。わかったか」

 返事はない。

「わかったか」

「あ、ああ……」

 孝子は盛大に嘆息した。

「ああ。もう。やる気なくなるな」

「元々、ないでしょう」

 麻弥とみさとが同時に引きつれた尋道の独白であった。

「まあね。時に、郷本君や」

「なんでしょうか」

「さっき、ちょっと話に出かかってたけど、私、歩きで来たの。郷本君は、どうやって?」

「僕は自転車です」

「ああ。前にも聞いたね。それなら、余裕か。歩いてて思ったんだけど、遠いね。ここの人たちって、移動の足は、どうしてるのかな。前に、手当を出す、とかなんとか言ってたじゃない?」

「その話でしたら、斎藤さんに」

 指名を受けて、みさとが胸を張った。

「おっす。少し前に、舞姫の、ほぼ全員で遠足したのよ」

「ほぼ?」

「ハルちゃんに決まってるだろ。寮の周辺を、自分たちの足で見て回って、生活環境を理解するのが目的だったの。で、寮に入るつもりはないから必要ない、って来なかった」

 みさとは鼻で笑っている。

「あの子は、そういう協調性、ないよね」

「ないね。ひとかけらもない」

「寮に入らない、といえば、静ちゃんは?」

「来たよ。静ちゃんは真面目で、いい子だもん。伊澤さんと二人で案内してくれたさ。あ、あと、当然だけど、高遠さんもいなかった。で、その時に出た話をするね」

 遠足で、皆が知り得たのは、以下の事実だ。舞姫館の、上り方面の最寄り駅となる鶴ヶ丘駅まで、約五キロ。下り方面の長船駅では、約二キロ。バスになると、最寄りの亀ヶ淵停留所が、上下線共、正門を出て一〇〇メートルほど長船方面に行ったあたりに、それぞれある。

「というわけで、車、なくても、なんとかなりそうじゃね? って感じでまとまってるかな。本体も、維持費も、高いしね。ああ。でも、全員じゃなくて。栗栖さんは、公共交通機関は好きじゃない、って言って鶴ヶ丘のタカスカーズで車を注文したよ」

「マニュアル?」

「違う。軽のEV。ここ、充電設備があるんで、充電はただ。駐車場代もただ。このあたりを補助にしてる。あとは舞姫の幹部連か。中村さん、井幡さん、雪吹君に、電気代とガソリン代と駐車場代だね。あとで車、見せてもらったら? 中村さんと井幡さんの車、正村が言うには、すごいらしいよ」

「マニュアル?」

「違うんじゃない? ねえ?」

「違う。中村さんと井幡さんのはEV」

「井幡さんは、渡辺原動機でマニュアル買う、って言ってなかったっけ?」

「中村さんのおまけで黒須さんの紹介を受けることになって、断れなかったんだって。その代わり、井幡さん、オープンカーのすごいやつ、買ったよ」

「ふうん。まあ、あのじじいの紹介なら、断れないか。マニュアルなら私の心証もよくなったのにね。さっちゃんなんて、免許はマニュアルで取ります、って言ってくれたよ。面倒を見てあげないとね。お。車で思い出した。麻弥ちゃん、土産話がある」

 孝子はキャリングバッグからスマートフォンを取り出した。シェリルの夫、ビンスのコレクションを写真に収めていた。車好きの親友のため、撮影させてもらったのだ。

「ビンスったら、経営するディーラーごとに車を持ってるの。五、六台はあったね」

「すごい」

「神宮寺さん。SO101で使っていたテレビが、食堂にあるんですよ。映して、一服のお茶請けにさせていただけませんか」

「いいね。撮りはしたけど、車はさっぱりだし、麻弥ちゃんに解説してもらってね」

 四人は一斉に立ち上がった。仕事らしい仕事など誰もしてはいなかったことで、一服が聞いてあきれるが、社内融和を図っての提案だったのは明白だ。反対する者の、いようはずはないのであった。

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