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未知標  作者: 一族
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第四四五話 乱れ髪(八)

 孝子に寝床を貸し出した尋道は、出勤までの時間を応接室で過ごした。午前八時に家を出て、のんびり自転車を走らせる。三月も半ばとはいえ、朝方はまだ冷え込む。多少なり、体感温度を上げるためのあがきであった。

 約五キロの道のりに、たっぷり三〇分をかけ、尋道が舞姫館に到着したのは午前八時半だ。館内に入るなり、尋道は麻弥とみさとの包囲を受けた。

「お前。言えよ」

 麻弥が言い放ってきた。孝子の送迎だろう。静に聞いたのだ。

「神宮寺さんのご要望でしたので、やむなく」

「見損なってくれたなあ。三人の再会を邪魔したりしないよ」

 みさとも続く。

「神宮寺さんに言ってください。僕は、依頼を忠実に遂行しただけです。ただし」

 尋道は言葉を切った。

「警告しておきます。これは本人もお認めになったことですが、神宮寺さん、福岡の空気を吸って昔に戻っておられます。意見なり、苦言なり、言うつもりなら、重々、注意してください」

「警告、って何さ」

「待て」

 反ばくしかけたみさとを麻弥が制した。

「……荒れてる?」

「荒れてはいませんが、無軌道です。今、うちにいるんですよ。フェリーで徹夜したとかで、狂おしく眠いからベッドを貸せ、って押し掛けてきて」

「なんだ、そりゃ。正村、行こう」

「いや。駄目だ。危ない」

 麻弥は岡宮孝子の脅威を把握しているようだった。となれば話は早い。

「正村さん。周知をお願いしていいですか」

「わかった」

「要注意は、北崎さんですかね」

「うん。きつく言っておく。市井さんも、わーっ、とくる可能性があるな。伝えよう」

「お願いします」

 奇妙な連携を見せる二人を、みさとがあぜんと見つめていたころ、渦中の女は夢の中であった。目覚めのときは三時間後の午前一一時半だ。寝乱れた髪のままで、いっときの寝床となった尋道のベッドを清掃し、終われば郷本夫妻、尋道の姉、一葉らに昼食を呼ばれて、しばし語らう。

 午後二時に郷本家を辞した孝子は、さて、と一息だ。どこに行くか、である。肩から提げたキャリングバッグがかさばる。眼前の「新家」に入りたいところだったが、そうはいかない事情もあった。この時間、家には養母の美幸、一人のはずだ。放埒な現状を自覚している身としては、対面は慎むべきだった。

 大して長くもない思案を経て、孝子は舞姫館を行く先に定めた。麻弥がいるだろう。合流して、そのまま海の見える丘に帰るのが、最もよい。折しも結構な陽気である。歩きで向かうことにする。

 舞姫館への到着は午後四時の直前であった。巨大なキャリングバッグに動きを制限され、思いの外、時間がかかってしまったのだ。二時間弱を歩き通したのは、なかなかつらかった。

「あー。疲れた」

 館内に入った孝子はカラーズ島に近寄る。

「ここ、カラーズ?」

「あ。お帰り。疲れた、って、あんた、まさか、歩いてきたの?」

「先に聞いたのは私だ!」

「そう! こっちがカラーズで、あっちが、舞姫! もうすぐ練習で、今は、みんな、体育館に行ってる!」

 大喝を食らって凍り付いたみさとに代わって説明したのは麻弥であった。やたら張り切っている。

「どうしたの。この子は」

 麻弥の勢いにあきれ顔の孝子だ。

「昔に返ってる、とお伝えしました」

 孝子は得心した。

「ああ。それで、麻弥ちゃん、斎藤さんをフォローしたんだ」

「まさか、あれぐらいで怒るとは思わなかったぞ」

 口をとがらせたみさとに、孝子は冷笑を向ける。

「蹴飛ばされなくてよかったね」

「え。あんた、暴力とか振るっちゃう系なの……?」

「やるよ。で、私はここに座っていいの?」

 四台のワークデスクで組まれた島の、一つだけ空いている席を孝子は指した。

「うん。そこが、お前」

 キャリングバッグを脇に置き、椅子に腰を下ろす。正面に麻弥、左隣にみさと、左斜め前に尋道、という配置だ。

 と、そこにざわざわとした気配が近づいてきた。体育館棟の方からである。

「あ。やはり。お帰りなさい」

 一団の先頭にいた中村が声を上げた。ただいま戻りました、の半分ほどを口にしたところで、割り込んできたのは春菜だった。

「お姉さん。さっき、大きな声が聞こえましたけど」

「人が話してる最中に、口を挟むな。郷本君。このばかたれには何も言ってないの?」

「いえ。正村さんと僕とで、重々、お話をしました」

「承知の上なら、けんかを売ってるんだね」

 場に、あまたの氷像が立ち並んだ。平然とした顔で、好戦的なせりふをはく孝子は、舞姫の面々の心胆を寒からしめたようであった。

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