第四四二話 乱れ髪(五)
聞くとはなしに聞いていて、はっとした。カラーズ島にいる尋道が、電話中に静とまどかの名前を口にしたようであった。
隣席のまどかが顔を寄せてきた。こちらは舞姫島だ。まどかは舞姫本体への所属を希望し、勤務に就いたばかりの新人である。その傍らに陣取る静は、午後の休憩を前倒しで舞姫館に再来し、新人のお目付役を気取っていた、という構図になっている。
「静先輩。今、郷本さん、私たちの名前を出しましたよね?」
まどかにも聞こえていたらしい。
「あ。やっぱり、私たちの名前だったよね」
「はい。なんでしょう?」
尋道はメモを取りながら会話を続けている。
「――どれくらいの寸法ですか? 一五〇? まあまあ、大きいんですね。奥行きと高さは? わかりました。では、当日」
「おうい、郷さん。どうした?」
電話を終えた尋道に、みさとが声を掛けている。
「大丈夫です。お構いなく」
それきりだった。静に対しても、まどかに対しても、尋道からはなんの接触もない。そのまま時間は過ぎ、練習開始が迫る午後三時半になった。静とまどかが準備を整えるため、ロッカールームに向かいかけた、その時だ。
「静さん。伊澤さん。よろしいですか?」
尋道が動いた。手招きで呼び寄せられ、食堂に導かれる。三人が囲んだ円卓の上に、一枚の紙片が提示された。先ほど尋道が取っていたメモに違いない。一週間後、三月中旬の一日の日付。午前五時半。舞浜港、南埠頭、関九フェリーターミナル。150cmx40x20。以上が列記されていた。
「このフェリーで神宮寺さんが戻られます。二人も出迎えに付いてきてください。早い時間なので、できれば二人だけで行っていただけると、非常に助かるんですがね」
ただ、と尋道はメモに記されている、なんらかの寸法を指した。
「神宮寺さんが福岡で買われたハンディータイプのシンセサイザーですよ。持ち帰られるそうなんですが、多分、席を倒さないと、積めない大きさでしょうねえ。すると、一台に乗れるのは三人が限度かな。足りませんね。やっぱり二台態勢にしないといけないようだ」
尋道は渋い顔である。この男は朝が苦手、と聞いている。
「郷本さんと、私、ですか?」
「伊澤さんは、車は?」
「免許、持ってないです」
「では、その組み合わせですね。神宮寺さんとシンセサイザーは僕が引き受けますので、もうお一方は、お二人にお任せしますよ」
「もうお一方?」
「高遠さんです」
歓声だった。あまりの音量に、麻弥とみさとが食堂にやってきたほどだ。
「なんでもありません。今、お二人と大事な話をしているんです。お構いなく」
珍しくぶっきらぼうに言い放って、尋道はカラーズの同僚たちを追い払った。
「お三方を、いの一番で会わせてあげよう、という神宮寺さんの志です。無駄にしないよう、今の話は絶対に内密にしてください。他に知られると神宮寺さんの出迎えに、どやどや人が来かねません。ぶち壊しです。お願いしますよ」
「わかりました!」
異口同音に、静とまどかは答えていた。
「お二人の戻られるタイミングがかち合ったので、なら一緒に、となったようですね」
「郷本さん。このフェリーって、門津から?」
静は尋道に問うた。
「ええ。丸一日かけて」
「なんでフェリーなんでしょう? 飛行機なら、もっと早いのに」
「物珍しさで選んだんじゃないですかね。船旅なんて、こんな機会でもなければ、なかなかしようと思わないでしょう」
「確かに。海の上で見る日の出、日の入りって、きれいだろうな」
「洋上は風が強そうですけどね。お話は、これぐらいです。練習に、どうぞ」
談合は終わった。
……静とまどかは知らぬことである。志、などと称えるほど、孝子は祥子の同道を尋道に強調しなかった。いの一番に会わせてやるので、静とまどかを連れてこい、とも言っていない。全てはカラーズの誇る詐欺師あるいは寝業師の機転であった。帰って早々、長の不在について文句を言ってくるであろう連中とは、顔を合わせたくない。迎えに来てくれ。そう要求された詐欺師は、とっさに祥子をだしに使って、仲よし三人組、水入らずの再会、なる筋書きを立てたわけだ。無論、この後、寝業師が孝子に向けて、口裏合わせのため、長文のメッセージを送ったのは、言うまでもなかった。




