第四三六話 アフタートーン(一九)
尋道はSO101まで孝子と同道し、その場で別れた。孝子が持参した荷物をSO101に運び入れたところで切り出した。
「神宮寺さん。もう行ってください。片付けは、僕がやっておきましょう」
「あ。いい? 鶴ヶ丘まで送ろうか、って思ってたんだけど」
「結構です。帰りたくて仕方がないんでしょう」
「まあね」
跳ねるように軽バンへと戻っていく孝子の後を追う。
「一つ、頼んでもいいですか」
「はあい」
運転席に座った孝子は窓枠から身を乗り出してきた。
「休憩にとまるごとに連絡をいただけませんか。地名だけで構いませんので。知らなかったら、なんてこともなかったのですが、知ってしまった以上は、どうも」
「ああ。ロングドライブが気になる、って?」
「はい。福岡に着かれて以降は必要ありませんので」
「ほい。他ならぬ郷本君の頼みだ。面倒だけど、やってあげよう」
「お願いします。行ってらっしゃい」
「行ってきまーす。じゃあねー」
軽バンが見えなくなるまで見送って、尋道はSO101に戻った。積み上げただけだった荷物を部屋の隅に整頓する。一仕事を終えるとワークデスクに着いて一息だ。本当は一服いきたかったのだが、あいにくコーヒーメーカーは舞姫館に移設されていた。
スマートフォンを手に取り、着信を確認する。予想どおりの大漁だ。那美経由で孝子の舞浜入りが伝わったのだろう。静、麻弥、みさと、春菜、美鈴に美幸の名まである。こちらの片付けも必要そうだった。
尋道が返信の相手に選んだのは美幸だ。この人に話を付ければ、他を全て黙らせることができる。ご用の向きは、とメッセージを送ったところ、直ちに電話がかかってきた。
「はい」
「郷本君。遅い。今まで、一体、何をしていたの?」
「ビジネスです」
「ビジネス?」
「はい。舞姫の選手獲得に絡むビジネスをしていました」
「……孝子さんも?」
「ええ。社長案件ですので」
「そうだ。孝子さんは? 電話に出てくれないのよ」
「多分、運転中なので出られないのかと」
元々、電話に出ない孝子なので、運転中であろうとなかろうと出ないと思われたが、余計な発言は慎むべきである。
「多分? 一緒じゃないの?」
「用事が済んだので、もう別れました」
「ええ……」
「よろしければ、ご説明に伺いましょうか?」
「説明?」
「那美さんから、怒っていなくなった、みたいな話があったのではないですか? そのあたりの事情の説明、ですね」
「うん。じゃあ、頼もうかな」
「あと、お願いがあるのですが」
「何?」
「静さんにも同席していただきたいのと、もう一つ、僕のところに問い合わせっぽい着信が、かなり届いているんですよ。一つ一つ、相手する暇がありませんので、まとめてばっさり、お願いできませんか」
「わかった。誰?」
「正村さん、斎藤さん、北崎さん、市井さん、です」
美幸の了承を得た尋道は、いったん通話を終えた。午後六時に神宮寺家を訪問する約束だ。
いざ訪ねてみると「新家」のLDKはごった返していた。尋道が対処を依頼した四人に加えて、隆行、那美、佳世もいる。
「郷本君。まとめて片付けちゃおう」
尋道は黙然とした。四人の中でも特に麻弥や春菜といった、うるさ型の相手を避けたかったので、処理を依頼したというのに。ばっさり、などと抽象的な表現を使わず、具体的な対処法を指定するべきであった。失敗した。
「これだけの人数が、めいめいに話しだしては、収拾がつかなくなります。許可がない限り、おばさんと僕だけが発言権を有する形で取りまとめていただけますか」
「それでいきましょう」
「わかりました。と、その前に。静さん」
「はい」
「高遠さんの件、うまくいきそうです」
「本当ですか!」
リビングのソファに座っていた尋道の元に静が突っ込んでくる。
「ええ。で、ですね。これからする話は、前提として、高遠さんの件を知っている必要があるんです。皆さんに説明してください」
静が高遠祥子にまつわる一件を語っている間に孝子のメッセージが届いた。本文はなく、写真のみのメッセージだ。写真には、チャンネル文字で「冨士埜」と大きく記された建物を背にした孝子が、寄り目におちょぼ口と、おどけた表情を浮かべて写っていた。高速道路のサービスエリアか、パーキングエリアだろう。冨士埜といえば静岡県東部か。SO101で別れて二時間強。道中は順調のようだった。
それにしても、約束どおり連絡を入れてくれたのはいいとして、写真による証明までは必要なかったのだが。孝子の配慮に微笑していると、足元に気配を感じた。赤柴のロンドだ。朝方、孝子が、ここに自分がいると知って来たな、といった内容のせりふをロンドにぶつけていた、と思い出した。この写真も、知って来た、のか。試しに膝の上に抱えて、スマートフォンの画面を見せてやると、ロンドは飼い主の写真に頬擦りを始めた。不思議な光景を目の当たりにした尋道は、ただただ驚くばかりであった。




