第四三三話 アフタートーン(一六)
サービスステーションに到着した孝子と尋道は、敷地内の喫茶コーナーに入った。店内には何組かの先客たちがいて、めいめい飲み食いをしていた。時間帯を考慮すると、遠出前の腹ごしらえ、といったあたりだったろうか。
席を取っておくよう尋道に指示を出し、孝子はカウンターへ向かった。二人分のコーヒーを注文し、受け取って振り返ると、尋道は窓際の席を占めていた。
「はい。おごり。三〇〇万円」
運んでいった盆を二人掛けのテーブルに置いて言った。
「おごってないじゃないですか」
「払わないの? 仕方ないな。貸しにしておいてあげるよ」
「それは、ありがとうございます。いただきながら伺いましょう」
議題は二つあった。祥子の舞姫入りを認めた一つと、門津での厚遇を受けて、黒須貴一に一言あいさつをするべきか、という一つだ。
「もう、そこまでまとめ上げたんですか。速い」
孝子が報告した進展ぶりに、さしもの尋道も舌を巻いている。
「速いよ。だから、相手も速くないと、いらいらする」
「わかりました。では、こちらも手短に。高遠さんは連絡待ちなので、今は飛ばすとして、問題は例の方ですか」
故意でなかったとはいえ、重工の巨人の威光に浴して、いい目を見てしまったのだ。門津造船所が、ご注進に及んだ結果、既に先方は成り行きを把握している可能性もあった。頬かぶりを決め込むのは勧めない、と尋道は言った。
「そう思って、一応、手土産を買ってきた」
「セッティングと同道、しましょうか?」
「ぜひ。あのじじいと差しとか、冗談じゃない」
「できるだけ早く福岡に帰りたい、とおっしゃってましたよね。都合が付けば、最速で予定を入れても構いませんか?」
「いいよ。むしろ、ぜひ」
尋道は手にしたスマートフォンとにらめっこを始めた。孝子は口を付けていなかったカップに手を伸ばし、一口、コーヒーを含んで、待ちの姿勢を取る。
「神宮寺さん」
三〇分ほどたって尋道が顔を上げた。
「はあい」
「午後三時に黒須さんのお宅です」
「わかった。時間、随分、かかったね」
孝子の問いに、尋道はうなずいてみせた。
「一から説明すると時間が掛かりそうなので、概要を書くのに、少し。あと、中村さんにもご同席をお願いしました」
「中村さんって、いまだにあの人の家にいるの?」
「さすがにお宅にお戻りです。出てきていただいて、一連の流れの中で話を済ませましょうよ。一石二鳥です」
「いいね。早めに切り上げたら、今日中に帰れるよ。優秀」
「長い距離ですし、ろくに休憩も取らずに行かれるのは、できれば反対したいのですが。せめて一泊ぐらいしてはいただけませんか」
孝子は首を大きく横に振った。
「嫌だ」
冗談ではなかった。急ぎ立ち戻って、福岡暮らしを再開する。絶対に譲るつもりはない。
「わかりました。ただ、ホテルのデイユースだけは手配させてください。一日がかりでいらっしゃったってことは、お風呂も入られてないんですよね? さっぱりして、時間までくつろぐ、という流れで、どうでしょうか?」
からめ手から攻めてきたか。午後三時まで時間をつぶす場所の当てもなかったし、受け入れやすい案ではあった。
「うん。それなら、いい」
「早速、ホテルを探します」
尋道はスマートフォンとのにらめっこを再開した。あれよあれよで予定は定まった。本当に、話が早くて助かる。郷本尋道を岡宮鏡子のマネージャーに指名したのは、真実、孝子史上最高の妙手だったのかもしれなかった。




