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未知標  作者: 一族
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第四三二話 アフタートーン(一五)

 出発した半日後には愛知県の東端まで到達したのだ。一二時間で八〇〇キロは悪くない。旅程は順調、と称してよかっただろう。自画自賛の孝子は、午後一〇時過ぎ、軽バンの荷室で布団にくるまって寝た。

 翌朝の目覚めは午前四時だ。コーヒーとキャンディーバーで簡便に食事を済ませ、午前五時前に出立した。残る距離は二五〇キロ前後だ。カラーズ、舞姫勢はlaunch padにたむろっていることが予想される。直接、現地に向かうつもりの孝子だったので、あまり急いでは待ちぼうけを食う。飛ばし気味だった前日とは打って変わって、のんびり走行する。

 午前八時五〇分の到着は、理想的な時間の配分だったはずだ。にもかかわらず、launch padには人の気配がなかった。閉ざされた正門の前で立ち尽くす間に思い至った。今日は日曜日だ。遊びほうけ過ぎて、曜日の感覚が希薄になっていたのが敗因だった。出直すしかないようだ。海の見える丘に戻って、持ち帰った荷物の整理をしよう。

 車が鶴ヶ丘に入ったときだ。事の顛末を尋道に報告するのを失念していた、と気付いた。黒須との面談についても相談したかった。

 立ち寄ってみると、尋道は在宅だった。

「今、一人なので、ここで失礼しますよ」

 玄関先に出てきた彼は、そう言った後に、しげしげと孝子を見た。

「どうしたんですか、その格好は」

 グレーのジャージーと頭に巻いたタオルといういでたちを言っているのだ。

「ああ。誰が見てるわけでもないし、楽な格好で、って思って」

「……後ろの車は、神宮寺さんですか?」

 尋道は、孝子が郷本家の前の路肩にとめていた軽バンを指した。

「そう」

 尋道が門扉の外に出てきた。軽バンの前部を見る。

「お疲れさまです」

 福岡ナンバーを確認した上での苦笑いだ。

「それほどでもなかったよ。車の中に布団を持ち込んで寝たの」

「なんでまた車で来ようと思ったんですか」

「荷造りが面倒だな、と思って。ドアツードアなら、荷造りしなくていいでしょう?」

「そういう考え方もあるんですね」

「あるんだよ。ところで、門津の件の報告と相談があるんだけど、ここにとめっぱなしはまずいね」

「まずいですね。お宅に置いてきては?」

「用事を済ませたら、すぐに福岡に戻りたいんだよ。土産話をしてる暇はない」

「わかりました。どこかに出ましょう。その前に、再度、こちらに戻られたときの予約を入れておいてもいいですか。『ワールド・レコード・アワード』のお礼を、とうちのおじさんが言ってるんですよ」

 尋道の父、信之は「最優秀楽曲賞」のノミニーとして、「ワールド・レコード・アワード」に夫人と共に出席した。のみならず受賞者として壇上に登る僥倖にも恵まれた。素晴らしい機会を与えてくれた孝子に、ぜひ、感謝の意を表したい、と信之は言っているとか。

「いらない。お礼なら、アートに言えばいいよ。私は、いらない」

「言い直します。おじさんのレザネフォル道中記に付き合ってやってくれませんか」

「それなら、受けて立とう。向こうでは、ほとんどお話できなかったしね」

「よろしくお願いします。launch padの隣にサービスステーションがあるでしょう。あそこに行きませんか」

「いた!」

 了解、と言った孝子の声を数倍上回る大声だった。那美だ。ロンドと共に近づいてくる。孝子の存在に感応するとかいう赤柴が義妹を引っ張り出したのだろう。

「よう」

 足元にまとわりついてきたロンドを孝子はすくい上げた。猛烈な勢いで甘えてくるのを軽くあしらう。

「よう、じゃないよ。いつ帰ってきたの」

「ここに来たのは、ついさっきだけど」

「なんでうちに帰ってこないの」

「郷本君に用事があったの。ビジネス」

「そんなの後でいいじゃない。全然、連絡してこないし。みんな、心配してるんだよ。戻って」

「後回しにできないから、先に来たのが、わからない?」

「神宮寺さん」

 重低音に続いて尋道が声を上げた。

「そろそろ行きましょう。待ち合わせに遅れます」

 待ち合わせる相手などいないが、孝子の激発を防ぐための方便とみた。ならば話を合わせるとして、その前に、だ。孝子はロンドに顔を寄せた。

「お前、私がここにいる、って知ってて来たんだろうけど、なんでもかんでも突っ込んでくるばかりが能じゃないよ。私に好かれたいんだったら余計なことはしなさんな」

 叱責を与え、ロンドを那美に突き返す。軽バンに戻り、尋道が助手席に座るのを待って発進させるまでの間、一人と一匹には一瞥も与えない。

「先が思いやられますね」

 車内の静寂を破ったのは尋道だった。

「会う人ごとにもめそうじゃないですか?」

「もめるね。どうして一回で聞き分けないかな。たむママなんて、車で舞浜に行く、って言っても、この暇人が、気を付けて行けよ、ってだけだったのに。本当に、うっとうしい」

「まあ、そこは、岡宮孝子さんを知り尽くしている方と、神宮寺孝子さんしか知らない方との差でしょう。時に、すぐに戻りたい、と言われてましたが、まさかとんぼ返りではないですよね?」

「用事が済めば、そうしたいけど。今日が日曜日なの、うっかりしてて、中村さんに会えなかったし。黒須さんも、どうだろう。ゴルフにでも行ってるかもしれないし。まあ、早くても帰るのは明日だね」

「黒須さん、ですか」

「うん。門津で、いろいろあったの。意見を聞きたいな」

「わかりました」

 応じた尋道は、腕組みをして、黙然としている。カラーズの誇る寝業師が策を巡らせ始めたのだ。話し掛けて気を散らさせるようなまねはすまい。

 面談の場所となるサービスステーションは指呼の間に迫りつつあった。

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