第四三一話 アフタートーン(一四)
再び二時間の乗り継ぎ旅を経て、実家に帰り着いた孝子が、真っ先に取った行動といえば、スーツを脱ぎ散らし、現地調達のジャージーに着替えることだった。このところ、無軌道な生活を送っている孝子だ。スーツのかっちりした窮屈さに、うんざりしていたのである。
午後三時半は、夕食までの間を考えると、何に取り掛かるにしても、中途半端な時間といえた。だらだらして暇をつぶす、と孝子は決めた。
居間に大の字になって寝転がり、今後について考える。また勝手に選手を獲得してしまった。これ、だった。麻弥あたりは、ぶつくさうるさく言ってくるだろうが、舞姫の部外者である彼女に、いくらつつかれても、なんら痛痒を感じない。問題は舞姫ヘッドコーチの中村だ。シェリル、アーティに続いて高遠祥子ときた。いいかげんにしろ、と思われても不思議でない。前途有望な若者を飼い殺しから救ってやるのだ、とでも言えば生得の謹直な人柄だ。納得してくれるのではないか、と思いたい。
前回、シェリルとアーティの舞姫加入は、中村への報告を電話で済ませた孝子だった。二度目の今回は、直接、断りを入れるべきだ。手土産も調えたほうがいい。幸いにして孝子の出生地、福岡県はうまいものには事欠かない土地柄だ。適当に買いあさって、持っていくとしよう。横暴な親会社と思われぬよう、手を擦るわけである。
重工の巨人、黒須貴一への対応も必要だ。祥子のせいで、期せずして虎の威を借ってしまった感があった。お茶請けに、土産に。そういえば、中を確認していなかったが、土産には何をくれたのやら。行儀悪く、寝転んだまま大袋をあさって、中身を取り出した。イチゴのダックワーズであった。包装の豪華さといい、明らかに高級な品と思われた。黒須へのあいさつは避けられない情勢といえた。余計な手間を取らせやがって、と思わず祥子に対する舌打ちが出た。
仕方がない。舞浜に戻ることにする。だが、正直、遊び足りなかった。月極で借りたレンタカーだって、半月以上も契約期間が残っている。破棄して帰還するのは、あまりにも無念であった。手短に要件を済ませ、再び、福岡に戻ろう。決めた。中村と、気は進まぬが黒須への手土産を携えて、明日、舞浜に向かおう。
ここで孝子は、ごろりと寝返りを打ち、部屋の隅を見やった。アメリカ旅行時の荷物やら土産やらが積み上げられている。いい機会なので、あれらも整理したかった。明日の行きがけにでも宅配便で送るとして、まさかにばらのまま送るわけにもいくまい。スーツケースのカバーと小物をまとめる段ボール箱が必要になる。いずれも手持ちはなかったので、手配しなければならない。手配が終われば梱包し荷送りだった。考えているうちに、だんだん面倒くさくなってきた。
……このところ、無軌道な生活を送っている孝子だ。思考のたがが緩んでいた。それで、つまらない考えを起こした。ドアツードアだ。車で舞浜まで走るのだ。
地図アプリの出番だった。調べると、自福岡県春谷市春谷町至神奈川県舞浜市幸区鶴ヶ丘は、一〇五〇キロ余り、一三時間弱の道のりと出た。とっさに、行ける、と判断しているあたり、やはり、思考のたがが緩んでいる。
そうと決まれば、寝ている場合ではなかった。福岡土産を買い調えねばならない。トップスのポケットに、家の鍵、車の鍵、財布と放り込み、家を出る。
「また、どこか行くの?」
家を飛び出すと倫世の母の声がした。隣家の庭先にいた。買い出しの帰りらしい。車の荷室から取り出したバスケットを手にしている。
「あ。たむママ。私、明日、舞浜に行ってくる」
「帰るの?」
「いや。また戻ってくるよ。ちょっと、用事ができた。で、向こうに持っていくお土産を買いに」
「明日は何時の飛行機?」
「車で行く」
ちらりと視線が来た。
「この暇人が。高速で行くんでしょ? 布団を積んでいけ。布団を。お前が乗り回してるやつなら、後ろの席を畳めば寝られるよ」
孝子が借りている車は軽バンだ。後部座席を畳めば、相当な荷室長となる。布団を持ち込み、疲労時に休めばいい、と倫世の母は言うのだった。
「たむママ、頭いい」
「まあね。気を付けて行っておいで」
言うなり、倫世の母は屋内へと入っていった。誠にあっさりとしている。これだから春谷もんはいいのだ。満面に笑みを浮かべ、孝子は軽バンに乗り込むのであった。




