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未知標  作者: 一族
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第四二五話 アフタートーン(八)

 見事に、背負い投げを食った、といっていい。孝子は、今、ザ・スターゲイザーに特設された「ワールド・レコード・アワード」の会場で、ふつふつ怒りをたぎらせている。

 倫世による謀略だった。「ワールド・レコード・アワード」には孝子を慕うミシェルを連れていってあげてはどうか、という提案があったのは、「Jenny's」での晩餐の帰りしなだ。ミシェルには、いい記念になるだろうし、自分は、アスリートの妻として長く競技を続ける秘訣を、とっくりシェリルに尋ねたい、などもっともらしいことを倫世はほざいたものである。同伴者の変更等々、手続きの請け負いまで申し出てくるほどに入れ込んでいる。アスリートの妻め、殊勝ではないか。孝子は感心した。刺激的な年長者のお供ができる、と胸を弾ませる少女の期待を裏切るのも悪い。そう考え、倫世の言を入れたのだ、が……。

 ザ・スターゲイザーへ向かうため、ミューア邸でアーティたちと合流した際に種明かしはなされた。

「お前、すごい格好だな……。メークも濃いし。私も、結構、きつめにしたつもりなんだけど、全然、負けてる」

 孝子の変装を見た麻弥の感想だった。剣崎のパートナーとして授賞式に参加する麻弥は、オフショルダーの青いドレスに身を包んで、普段の数倍は濃いメークを施しているが、孝子の比ではない。倫世が選んだ服は、歌舞伎の小忌衣のような緑のロングコートだ。これも倫世の手による隈取り調のぶすメークと相まって、えせの立役となっている。

「最初、誰か、わからなかったぞ」

「麻弥ちゃんがわからないなら、成功だ。よくやったぞ、たむりん」

「しかし、危なかった。私も、それ、食らう寸前だったし。でも、まんまとかわしてやった。ざまを見ろ」

 孝子は、じっと倫世の顔を見た。かわす、と言ったか。アスリートの妻うんぬんや、ミシェルを推薦したのは、ぶすメークから逃れたいがための、だしだったのか。背けられた目で、有罪は確定した。不穏な空気を察した麻弥が間に入らなければ、孝子は倫世に一発、食らわせていただろう。

 以後の孝子の行動といったらひどい。会場に到着し、席に着くや否や、腕組みをして瞑目を開始した。授賞式には目もくれず、脳裏では、ひたすら倫世への報復措置を練っている。この恨み、晴らさでおくべきか、である。

 不意に、肩を強く揺さぶられた。凄絶に見やると、おびえたミシェルの顔があった。即座に孝子は後悔していた。せっかく自分との同伴を楽しみにしていたミシェルを無視して、つまらぬことに執念を燃やすとは。恥ずべき行いだった。孝子は腕を伸ばしてミシェルの頭をなでた。

「どうしたの?」

「もうすぐ『最優秀楽曲賞』の発表だよ」

 はて。「最優秀楽曲賞」の発表は、最後から二番目ではなかったか。もうそんな時間か。

「そういえば、アートはどうだったの。新人賞とか、歌唱賞とか。新人賞は、有力候補って聞いてたけど?」

「なんですって」

 円卓の正面に座っていたアーティが目をむいた。

「これ」

 差し出されてきたのはレコードをモチーフにしたトロフィーが二つ、台座には、それぞれ、BEST NEW ARTIST、ARTIE MUIRとPERFORMANCE OF THE YEAR、ARTIE MUIR、FLOATと刻印されたプレートが打ち付けられていた。

「受賞したんだね。おめでとう」

「おめでとう、じゃないわよ。ケイティー、もしかして、私のパフォーマンス、見てないんじゃないでしょうね?」

「記憶にないな」

 アーティのパフォーマンスは、式の最序盤に行われた。孝子の憤激が最高潮だったころだ。耳に届いているはずがない。

「文句があるなら、あのばかたれに言って」

「もう。ミッチ。せっかくの授賞式の日に、なんてことをしてくれたのよ」

「二人とも。発表だよ」

 ミシェルの注意で、二人は壇上に注目した。ちょうど、プレゼンターの男性が封筒を開く瞬間であった。

「『最優秀楽曲賞』は『FLOAT』!」

 歓声が上がった。プレゼンターによる制作チームの紹介が進む中、アーティ以下受賞者たちが立ち上がる。「最優秀楽曲賞」は楽曲の制作チーム全員を表彰の対象とする。すなわち孝子も受賞の有資格者なのだが、身を縮こまらせて、やり過ごそうとした。隈取り面を世界にさらしてなるものか、である。

「ケイティー! やったわ! さあ、行きましょう!」

 察しの悪いアーティに抱きかかえられ、連行されてしまったが。

 チームを代表してアーティが、彼女の名前の入ったトロフィーを受け取る。そして、スピーチの段になって、察しの悪い女が、またやった。

「ありがとう。とても光栄よ。本当にありがとう。もちろん、今日、取った三つのトロフィーは全て素晴らしいけれど、絶対に一つだけ選べ、と言われたら、私はこのトロフィーを選ぶわ。なぜなら、チームのみんなが力を合わせた結果だからよ。中でも、私は彼女に最大の敬意を払う。紹介させて。『FLOAT』のソングライター、親愛なるボイスティーチャー、キョウコ”ケイティー”オカミヤ! ケイティー、このトロフィーは、あなたにこそふさわしいのよ!」

 剣崎の影に隠れていた孝子は天を仰いだ。いらない。といって、無視で進行を妨げるのも無粋だった。孝子は壇の中央に向かった。差し出されたトロフィーを受け取り、元の場所に戻る、と見せ掛けて、マイクに向かう。

「ねえ。あの子ったら『最優秀楽曲賞』は、ここにいる全員がトロフィーを受け取れる、って知らないのかしら?」

 ちらりとやると、アーティは目を見張っている。ふさわしい、などと言ったあたり、チーム全員にトロフィーの受領資格があることを知らない、と踏んで鎌をかけてみたら、読みは当たった。こうなれば、孝子の思うつぼだ。

 孝子は大仰にトロフィーを抱え込んで壇を駆け降りた。目指すは、一行が陣取っていた円卓だ。円卓には、アーティの同伴者としてジェニーが、エディの同伴者としてエディ・シニアが控えている。孝子は二人の元に走ると、ジェニーにトロフィーを渡した。とどめに、満面の笑みでアーティに向かってカーテシーを見せつける。

 事態を把握した周囲から、徐々にスタンディングオベーションが発生していった。美挙として孝子の行動が認められたのだ。こうして、孝子は、まんまと無用の長物の廃棄に成功したのであった。

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