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未知標  作者: 一族
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第四二二話 アフタートーン(五)

『Voyage』に対する聴衆の反応は対照的となった。神妙な顔つきの倫世と盛んに喝采を送るシェリルだ。

 ソファに戻った孝子は、隣に座る幼なじみに肩をぶつけた。

「払う価値なしだった?」

「いや」

 腕を組んだ倫世は首を横に振った。

「よかったよ。よかったんだけど、激励の歌をシェリルに贈った、みたいに聞いてたんで。こんなどぎつい内容だとは思ってなくて、驚いた。シェリルは、腹が立たなかったの?」

「正直に言うと、最初はむっとしたわ。会ったこともないスーのお姉さんが、どうして、いきなり、こんな挑発をしてくるの、って」

 シェリルは失笑している。

「でも、怒り切れなかった。四年という時間におびえて、諦めかけていたのは事実だったし」

「うん」

「考えたわ。私は、『機械仕掛けの春菜ハルナ・エクス・マーキナー』に伍する力を、四年後まで維持できるのか。考えて。考えて。そして、気付いたの。できるか、できないか、じゃなかったのよ。やるか、やらないか、だって」

「それは、絶対に正しい。宝くじは、買わなければ絶対に当たらないんだ。日本人としては、シェリルの航海が成功してもらっちゃ困るんだけど、健闘は祈るよ」

「ありがとう。ミッチ」

「おい。よかったんだろ。一〇〇万ドル、払え」

 会話の切れ目を待って、得意満面で倫世に迫った孝子だ。

「うん。ただ、ケイティー。少し待って」

「いつまで」

「カズキが引退するときに、歌ってほしくて。一番だけでいい」

 倫世がつまらない話を始めた。孝子は即座に引くのだった。

「お金、いいや。歌わない」

「すてきね。ケイティー。四年後には私も歌ってもらおうかしら」

 倫世はともかく、シェリルの正式な依頼があれば、断りにくい。全力でうやむやにして、孝子は舞姫の説明に移った。尋道から授けられたタブレットの出番だ。

 舞台をホームアリーナとする舞姫に、シェリルは強い関心を示した。そうだろう。おそらく、世界でも類を見ない試みのはずだ。孝子が懸念していた歌舞への拒絶反応も、シェリルにはなかった。

「私が知っているだけでも、LBAの前に、三つ、女子バスケのプロリーグがあって、全て消滅してるのね。バスケだけじゃない。女子のスポーツが生き残っていくのは、本当に、とても大変なことなのよ」

 と、シェリルは述懐した。名を売り、自分ための存在感を高めるがための所業、としての理解であったろう。

「だいたい、これぐらいかな。最後に、お金の話」

 説明を終えた孝子はまとめに入った。

「受け取れないわ。私のわがままを聞いてくれただけで十分よ」

「そうはいかないの。世界最高の選手に対する礼節を、マイヒメが心得ている、って知らしめるためにも、受け取って。シェリルにふさわしい額を用意してきたよ」

 日本円の五億を聞いた瞬間に、シェリルはがくぜんとしたものだ。想定外の額という。

「え……。エンジェルスでもらった額を通算しても、そんなにないわ」

「じゃあ、十分だね」

 思案顔のまま、しばらく静止していたシェリルだが、思い出したように立ち上がると、ダイニングキッチンに向かった。

「お昼にしましょうか。夜は『Jenny's』に予約を入れてあるの。だから、今は軽めにスムージーでいい?」

「Jenny's」は、アーティの母、ジェニファーがプロデュースするレストランの名だ。

「うん。本当に軽めでいいよ。私たち、ご覧のとおり、そんなにタンクの容量がなくて」

 か細い体躯の二人を紹介した孝子の弁であった。

「小さめのグラスにしておくわ」

 一杯、やりつつの談笑は、午後一時前に一段落した。

「そろそろ出ましょうか」

 午前中にシェリルは、ホテルのチェックインまで間がある、時間まで私の家でくつろいでくれ、と言っていた。次の行動を起こすには、いささか早かった。何か考えがあるのか。

「二人にビンスを紹介するわ。ワタナベの車が見当たらないし、今日はあそこね。ワタナベのディーラーは、二人に用意したホテルの隣なの。ちょうどいいわ」

「ビンスはワタナベのディーラーも持ってるんだね。私、日本ではワタナベの車に乗ってるんだよ」

「それは奇遇だったわね」

 三人は屋外に出た。

「シェリル。車の写真、撮っていい? 友達が車好きなの」

 正村麻弥のことだ。軒先に並んだ車を見て、土産話にしよう、と思い立った。

「ええ。じゃあ、ガレージの中の車も撮ったらいいわ。ビンスのお気に入りよ」

 シェリルが開けてくれたガレージの中には、ひしゃげたような車高の、赤いスポーツカーが二台、収まっていた。表にとまっている車も皆、似たり寄ったりの形状をしている。ビンスは、この手を好む向きなのだろう。

「真っ赤っか」

 第一印象の、乗りにくそう、荷物が入らなそう、を横によけてしまえば、この程度しか出てこない。マニュアルトランスミッションを操るのが好きなだけで、車そのものへの興味は薄い孝子としては、精いっぱいの反応であった。

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