第四一八話 アフタートーン(一)
雨だというのに今日も麻弥以下三人は、朝食が済むなり出掛けていった。二月に入って以降、一部を除いたカラーズ勢と舞姫勢は舞姫館にかかりきりとなっている。三月一日の開館を目標に、連日集っては備品の選定などで意見を戦わせているのだ。
一部のうちの一人目は尋道であった。カラーズの通常業務は自分が引き受けるので、そちらは一任した、とSO101にこもっている。そして、二人目が孝子だ。尋道とは異なって、この女はただの横着をしているだけになる。備品など、どれも大差はあるまいに好きにするがいい、と海の見える丘を動かない。
朝食の後片付けを済ませ、自室に戻りかけていた孝子は、ふとLDKの窓際に寄った。相当な勢いで降っているが、今日限りの予報だ。渡米を明日に控え、しっかり当たれ、と願う。
しばらく眺めていると、家の前にシルバーのセダンがとまった。見覚えのあるような、ないような車の助手席から降り立った痩身は倫世だった。両手をかざして雨を避けながら玄関へ小走りに向かっていく。
「お前、来るのは明日じゃなかったの?」
窓を開けて孝子は倫世に声を掛けた。
「お。いたか」
倫世は孝子の元に寄ってきた。
「クルーの休憩やら機体の整備やらがあって、とんぼ返りはできないんだよ。こっちで一泊するの。おい。ここ、車、入れていい?」
二台分ある駐車スペースのうち、麻弥が乗って出ていったウェスタの場所が空いていた。もう一台分には春菜が親元から借り出してきた白いセダンがとめられている。
「いいよ。当分、帰ってこないし」
倫世は運転者に、車を入れろ、とジェスチャーで伝えている。
「誰に乗せてきてもらったの?」
「決まってる。こっちで気兼ねなく頼れるのなんて、おかみ以外には郷本氏しかいないよ」
そうだ。あのシルバーは郷本家の車だった。何度か乗せてもらったこともあった。道理で見覚えがあるわけだ。
「おはよう。災難だった?」
倫世の隣に立った尋道に孝子は言った。強行突破してきた横着者と違って、きちんと傘を差しているのが、この男らしかった。
「おはようございます。そうですね。着いたぞ、迎えに来いや、でしたので」
「そんな乱暴じゃなかったでしょ」
「ところで、寒い。立ち話もなんだし、上がって」
「いえ。僕は、これでおいとまさせていただきます」
一歩下がった尋道を倫世は引き留めた。
「あ。待って、郷本氏。おかみ。私、空港のすぐそばのホテルに泊まるんだ。おかみも今夜はホテルに泊まらない? 語り明かそうよ。で、明日は直で乗り場に行くの」
「なんでもいいから早くしろ」
「よし。郷本氏。ちょっと時間くださいな。ホテルに予約の変更できるか、問い合わせる」
家の中でやればいいものを。せっかちな女だ。入れ、と言う前に先方につながったようなので、孝子は自重した。そのまま控えていると、よし、の声だ。折よく部屋の空きがあって、ツインへの変更がかなった、と倫世は握り拳を突き上げる。
「そんなわけなんで、郷本氏。また空港までお願いしてもいいです?」
「わかりました。早速?」
「いや。いくらアーリーチェックインでも、まだ入れない」
時刻は、ようやく午前八時を回ったところだった。
「チェックインは何時ですか」
「一二時」
まじまじと見つめ合う二人の表情に、孝子は思わず噴き出していた。
「出直してきます」
「待って。何度も申し訳ないよ」
「幼なじみが語らうそばに、何時間も留め置かれる身にもなってください」
「じゃあ、こうしよう。向こうでの予定を話す。隙がないか、チェックして」
ちらりと尋道の視線が孝子に向かってきた。
「ああ言えばこう言う。あなたのご友人は、どうなっているんですか」
「ぶっていいよ」
「ぶてるものならぶちたいですがね」
肩をすくめた尋道は、大仰にため息をつく。
「そんなことをしたら川相さんに報復されますよ。あの人に殴られたら僕なんか真っ二つになるかもしれません。命が惜しいので、お邪魔します」
「うん。玄関に回って」
孝子は窓を閉め、二人を迎え入れるべくLDKを飛び出した。意外の組み合わせだったが、それぞれ会話の切れ味がよい。幼なじみ同士の取組を前に、いい余興となりそうだった。




