表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
415/747

第四一四話 未来への序奏(一六)

 尋道との通話が終わり、孝子は電話を切った。と、間髪を入れず着信だ。一体、今日はどういう日なのか、とスマートフォンの画面を見れば、尋道の名が表示されている。何か言い忘れたのだろう。

「らしくないね。言い忘れ?」

「ええ。もしお持ちだったり、既に申請されていたら申し訳ないのですが、神宮寺さん、パスポートはお持ちですか?」

「でかした!」

 所持していない。発給には一週間程度は見ておいたほうがいいらしい。すぐに動くべきだ、と助言を受け、従うことにした。何々、申請には、申請書、戸籍、写真、本人確認書類などが必要、と。

「郷本君は、もう持ってるの?」

「持っていませんよ。必要ありません。僕は行きませんし」

「マネ」

「時差なんて、冗談じゃないですよ。それでは」

 あっけにとられているうちに、さっさと切られた。失笑しかない。

 さて。パスポートだ。写真を撮るために身だしなみを整えた孝子は自室を出た。LDKには三人がそろっていた。麻弥はスマートフォンを片手に暇つぶしとみた。春菜と佳世は考査の勉強中だ。

「あれ。どこか行くのか?」

「パスポート用の写真を撮りに」

「あ。お前も行くのか」

「『ワールド・レコード・アワード』を見に行くかは、わからないけど、ビジネスがあってね」

「ビジネス?」

「うん」

 孝子は、二人の会話をうかがっていた春菜に目を向けた。

「おはるー」

「はい」

「シェリルとアートが舞姫に来るよ」

「え!?」

 異口同音に驚愕の声が漏れた。

「あの人、なんでまた」

「決まってるじゃない。『機械仕掛けの春菜ハルナ・エクス・マーキナー』と日本のバスケを見極めて、四年後のユニバースでゴールドメダルを奪還するためだよ。シェリルは四年かけてアートを鍛えるんだって。二人でおはるを打ち負かすの」

 春菜は目を見張った。

「私をそこまで買うとは。さすがシェリルです。面白いじゃないですか。受けて立ちますよ」

「そうこなくっちゃ」

「しかし、厳しい戦いになりますね。そもそもの物が違い過ぎます。ユニバースでは、両チームの大エースがにらみ合っている間に他が頑張る、なんて小細工を弄して勝ちましたが、アートがシェリルの直伝を受けることで、その手は使えなくなりました。このままでは、どちらか追い切れないほうの手に掛かって、全日本はぼろぼろにされるでしょう。お姉さん」

「うん」

「写真を撮った後のご予定は?」

「戸籍を取って、申請しに行って」

「その後は?」

「何か用があるの?」

「はい。重工に行こうと思うのですが、ついでに乗せていっていただけませんか。瞳ちゃんにハッパをかけます」

「アートを迎え撃つのは須美もんに任せるの?」

 孝子は問うた。

「はい。私と気心の知れた仲で、かつ、ぎりぎりアートの身体能力に対応できそうなのが瞳ちゃんなので」

「池田は?」

 麻弥の言に、春菜は首を横に振った。

「正村さん。見てくださいよ。このほうけた面を」

 春菜が指したのは佳世の顔だ。言葉どおり、ぽかんとしている。

「池田。腕が鳴るぜ、とかこれっぽっちも思ってないでしょ?」

「はい。全然」

「役に縛り付けず、自由気ままにやらせてあげないと、実力を発揮できない、ってわかってます。何しろ闘争心のない子なので」

「はい!」

 ごしごしを頭をなでられて、佳世は目を輝かせている。

「須之か池田を鍛えられたら楽だったんですけどね。どちらも覇気がなくて。でも、仕方ありません。人には向き不向きがあります」

 述懐して、春菜は、なぜか、笑いだした。

「四年後には須之はいないんだった。論外でしたね」

 恩師、長沢美馬の去就に釣られて揺れ動き、結果、バスケットボールの一線から退くことになったのが須之内景だ。教職を退き、舞姫でコーチ職を得る予定だった長沢は、那古野女学院の勧誘を受け、同校への転職を決めた。恩師故に、と舞姫に参加する景だけに、この事態を受けて、大いに狼狽したものである。最終的には、二人の師匠に当たる舞浜大学女子バスケットボール部監督、各務智恵子の裁定により、長沢と景の師弟関係は那古野女学院で継続する、と決まった。景も恩師と同じ職に就くのだ。現在、大学二年生の景なので、二年後の春が彼女の選手生活の期限になる。論外とは、そういう意味であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ