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未知標  作者: 一族
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第四一一話 未来への序奏(一三)

 その激しさといったら尋常一様ではなかった。北崎春菜が起こした旋風だ。所属する舞浜大学女子バスケットボール部を、大学チームとしては史上初となる全日本バスケットボール選手権の覇者に導いた偉業からの発生だった。

 風は、当日に春菜自らが明らかにしたLBA参戦表明で、勢いを増した。「アーティ・ミューア例外条項」の適用を受け、LBAのチームと契約する。程なく判明したロザリンド・スプリングスの名と、付随するエピソードとで、風勢はすさまじいものとなっていった。

 そもそもの始まりは、アメリカ代表、グレース・オーリー直々のスカウトであった。しかも、現在、大学三年生の春菜を勧誘するに当たって、グレースの申し添えてきた条件が振るっていた。LBAへの参戦が原因で余計な学費を必要とする事態が起こるならば、その分は負担する、だ。春菜の偉才を最大級に評価し、切に希求するが故の言といえた。

 春菜の獲得を目指すスプリングスの動きも漏れ伝わってきた。春菜が選ぶ背番号に永久欠番の権利を付帯する、という。入団すらしていない春菜に異例中の異例の扱いだった。

 とどめにLBAだ。ハルナ・キタザキが「アーティ・ミューア例外条項」の適用者たるかを測るセレクションは、これを実施しない、と宣言した。実績十分の春菜に対して敬意を表した形といえる。もはや旋風ではない。その勢力は竜巻と称するべきだったろう。


 吹きすさぶ風は、武藤瞳の心を、ひどく打った。心持ちを崩すまいと支える苦労は、大抵ではなかった。かつて公言していたとおり、瞳もLBAへの参戦に向けて動いていた。アストロノーツを窓口として、LBAのチームにプロモーションを掛けているが、今のところなしのつぶてである。インサイドとしてはサイズが足らず、アウトサイドとしてはスキルが足らない、と辛い評点らしい。はるか高みへと舞い上がった感のある春菜に引き比べて、なんともふがいない話には違いない。

「暗いのう」

 夕食後の自主練習に居合わせた美鈴だった。知らず識らず顔に出ていたのだ。

「まだ連絡はなし?」

「はあ」

「武藤、いい選手だと思うんだけどな」

 そう言われても、である。いくら美鈴に評価されても、この際は仕方がない。

 重工体育館のメインアリーナがざわりとした。見回すと、入り口付近に大きな袋を両手に提げた孝子がいた。どよめきは、差し入れに反応した周囲の声であった。

「重い。誰か、取りに来い」

「たーちゃん、復帰か!」

 走りだした美鈴に瞳も続いた。孝子は、ここ半月ほど、美鈴につける歌舞の個人レッスンを休んでいた。急の用事という話だった。それが片付いたので顔を見せたのだろう。

「すぐに期末考査が始まるから、飛び石になるけど」

「なんだか、お忙しかったみたいですけど、そちらは?」

「終わった。どんと、たたき付けてやった」

 何を、誰に、たたき付けたのかは知らぬが、孝子は大口を開けて笑っている。

「久しぶりだし、奮発したよ。食べて」

 おやつ休憩が始まった。孝子が持ち込んだ特大のワッフルケーキが次々に売れていく。

「そういえば、たーちゃんや。武藤もついにLBAに挑戦するんだって」

 ワッフルケーキの一個目と二個目の合間、美鈴が不意に言い出した。

「お。いよいよ乗り込むんだ」

「いえ」

 瞳は慌てて美鈴の舌足らずを訂正した。挑戦の意志はあるものの、低評価に阻まれ、参戦はできそうにない。これが自分の現在地、と語る。

「やれると思うんだけどな」

 美鈴が、また言っている。

「じゃあ、ミーティアで採ったら?」

 思いがけないことを孝子は言い出した。

「ミス姉が口を利けば、キャンプに招待ぐらいしてもらえるんじゃない? 後は、須美もんの頑張り次第で」

「その発想はなかった! いいぞ、それ! 武藤、来いよ!」

「え……。いいですよ。そんな、コネで行っても」

「ばーか。何が、コネで行っても、だ。お前、私なんか、ウェヌスを辞めたときは松波先生のコネだし、アメリカに行ったときだってカラーズのコネだし、もう、コネだらけだぞ。でも、今や、世界一のシューターさ」

「ミース! ミース!」

 手拍子まで付けてはやしたてているのは、もちろん、孝子だ。

「行き方なんか、どうだっていいんだよ! 手段と目的を履き違えるんじゃねーよ!」

「須美もん、いいね?」

 連携に、退路は断たれた感があった。がくりと瞳はうなずいていた。

 そこからは、さながらジェットコースターの勢いだった。美鈴も今や押しも押されもしないミーティアのスーパースターである。チームに対する発言力は抜群に強い。そんな彼女の要請を受けたサラマンド・ミーティアのGM、キムことキンバリー・マーフィーは、瞳をミーティアのキャンプに招待する、と即座に確約してきた。この間、わずか五分だ。

 孝子と美鈴の凱歌を上げる声が、どこか遠くで響いているようにさえ感じられる。あまりの急変に、瞳の理解は、なかなか追い付きそうになかった。

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