第四一〇話 未来への序奏(一二)
全日本バスケットボール選手権の初戦を明日に控えて、舞浜大学の体育館では、舞浜大学女子バスケットボール部の面々が調整に励んでいる。彼女たちが掲げている今大会の目標は、ずばり、優勝、だ。例年、大会に寄せるコメントでは、目指せ、日本一、みたいなことをほざいてみても、本心は違う。オープン・トーナメント形式で争われる全日本選手権には、日本リーグ勢も参戦する。下位のチームならまだしも、上位のチーム相手に勝利を収めるのは、大学女子バスケットボール界の最強豪である「各務舞大」の力をもってしても難しいのだ。日本一宣言は、いわゆる、お約束、なのである。
だが、今大会に女子バスケ部が懸ける意気込みは強い。国立体育館メインアリーナのセンターコートで賜杯を掲げる気になっている。チームの大エース、北崎春菜のLBA参戦が、その端緒となった。彼女の動向が部員たちに伝えられたのは、つい先日だ。それは、別れを意味する告知であった。全日本大学バスケットボール機構の規約により、プロフェッショナル競技者契約を締結した競技者は、同機構への登録が認められない旨、定められている。ロザリンド・スプリングスと契約する予定の春菜が、女子バスケ部の一員でいられるのは、全日本バスケットボール選手権までなのだ。
佳世、各務という既知だった者以外は、皆、色を失った。衝撃を受け過ぎている感のある部員たちに、春菜は笑いが止まらない。
「笑いごとじゃないぞ。お前。なんとかしろ」
なだめてもすかしてもで、あぐねた様子の各務は言ったものである。
「そうおっしゃいましても。いつまでもしけた面をされていると困るんですがね。私の壮行試合を、どうしてくれるつもりなんですか。各務先生。今までに全日本選手権を、大学のチームが勝ったことって、あるんですか? ――ありませんか。そうですか。でしたら、私の門出を祝うのに、ふさわしい栄誉ですね。ついでに各務先生は全日本選手権の優勝監督。あなたたちは優勝メンバー。実に、いいじゃないですか。私のような選手は金輪際出てきません。今回しかないんです。全日本選手権を制した史上唯一の大学になりますよ。さあ。練習を始めましょう」
めちゃくちゃだ。めちゃくちゃなのだが、これが通じてしまうのは、春菜の体現してきた実績のために他ならない。蘇生した舞浜大学女子バスケットボール部は、春菜にあおられたとおり、今回しかない、と奮い立った。シードで臨んだ二回戦から準決勝まで、全て一方的な勝ち戦としている。
なんといっても春菜だ。オールマイティーの彼女と相対し得る選手を持たないチームは、翻弄され尽くすしかなかった。加えて、圧倒的な存在の庇護の下、春菜のチームメートたちは実力以上の働きをする。その中には全日本組の須之内景と池田佳世も含まれているのだから、たまらない。
「せめて、わずかばかりでも北崎に掣肘を加えられる選手がいれば違うのでしょうが……」
解説者として、準決勝、舞浜大学対ウェヌススプリームスを担当した中村は、対舞浜大を問われて、こう語った。そして、この評は次戦にも通用した。決勝の舞台で舞浜大学と相対したのは高鷲重工アストロノーツだが、ウェヌスと並ぶ国内二強の一角も、春菜に掛かっては形無しとなる。誠にあっけなく、舞浜大学は優勝を決めたのであった。
この日のハイライトは試合後にきた。優勝監督の各務に続いてインタビューを受けた春菜が主役を張る。
「三回戦の鹿鳴製鋼リーベラ、準々決勝のアズラヴァルキューレ、準決勝のウェヌススプリームス、決勝の高鷲重工アストロノーツ、と並み居る日本リーグ勢を退け、見事、大学勢としては初めてとなる全日本バスケットボール選手権制覇を成し遂げた舞浜大学! その絶対的エースが北崎春菜選手です! 北崎選手、優勝、おめでとうございます!」
聞き手は務めるのは小早川基佳であった。一戦の中継は日本放送公社が担当しており、当然、取材チームとして「小早川組」も出張っていた。
「ありがとうございます」
「今の気持ちを聞かせてください」
「わかってはいましたが、今の日本に私を止められるチームはありませんでしたね」
「はい」
何度も「至上の天才」にインタビューを行っている基佳だ。これぐらいの放言では動揺しない。が、次ではやられた。
「これ以上、日本でアマチュアを続けても仕方がないでしょう。私は今日をもちまして舞浜大学女子バスケットボール部を退部します」
「え!?」
どよめきは、直後に驚嘆の声へと置き換わる。
「アメリカで私を待っている人たちがいます。その人たちと戦うため、LBAに行きます」
「でも、北崎さんは、まだ三年――『アーティ・ミューア例外条項』!」
「なんですか。勝手に自問自答して。でも、正解です。『アーティ・ミューア例外条項』をご存じでない方もいらっしゃると思いますので、簡単に説明させていただきましょうか」
と春菜は基佳にマイクを催促した。独演会の始まりである。五分にわたって『アーティ・ミューア例外条項』について語る。
「『アーティ・ミューア例外条項』を使うということは、もうチームは決まっているんですね?」
ようやく戻ってきたマイクを使って基佳が問いを発した。
「ええ。でも、先方の都合もありますので、どこに行くのかは、お楽しみで。それでは、みなさん。ごきげんよう」
にんまりと春菜は笑った。北崎春菜の、北崎春菜による、北崎春菜のための全日本バスケットボール選手権、終了である。




