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未知標  作者: 一族
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第四〇二話 未来への序奏(四)

「ずるいなあ」

 言ったそばから笑いが込み上げてきた。孝子は口元を押さえて春菜を見た。

「例外条項の悪用でしょう。そのうち、なくなっちゃうんじゃないの?」

「そうですね。なくならないにしても、間違いなく基準は、より厳格になるでしょうね。何せ、私がLBAのパワーバランスを崩壊させますので」

「言う言う。ってことは、行くの?」

「そうしようかと。もう大学生とやっても仕方ないですし。ちょうどいいタイミングでした」

「単位は、大丈夫だったっけ?」

「グレース・オーリーは、LBAへの参加で卒業が遅れるなら、その分の学費を払ってもいい、って」

 みさとの注釈が入った。

「順調にいけば、今年で単位は全て取れると思うので、その必要はないでしょう。お姉さん。この後、グレースに連絡を入れてみようと思うんですが、立ち会っていただけませんか」

「この時間だと、もう寝てない?」

「冬場は、中国のリーグに参加してる、って書いてあるよ」

 再び風谷情報が届いた。

「中国なら、時差もほとんどないか。大丈夫そうだね。じゃあ、おはる。終わったら合流ね。体育館?」

「いえ。SO101でお待ちしてます」

 午後六時四五分、アルバイトを終えた孝子がSO101を訪れると、先ほどの二人がぺちゃくちゃとやっている。

「お疲れー。グレース・オーリーと連絡が取れてね、七時に向こうから電話がかかってくる流れ」

 うなずき、ワークデスクに着いた。

「お姉さん。コーヒーはいかがですか?」

「もらおうか」

 立ち上がった春菜がコーヒーメーカーに向かった。その背を眺めながら、孝子はつぶやいた。

「二人だけ? 静ちゃんたちは?」

「グレース・オーリーに、極秘で頼む、って言われてて。漏れたら、他のチームがハルちゃんに声を掛けるかもしれないでしょ?」

「本当にずるい女」

 孝子の評に、みさとは大笑いだ。

「というわけなんで、事情をお話しした各務先生と、この三人しか、まだ知らないの」

「話がまとまったら、教えてあげないとね」

 そうこうするうちに、コーヒーの抽出が終わって、春菜がカップを運んできた。受け取り、味わっているうちに午後七時だ。ワークデスクの上に置かれた春菜のスマートフォンに三人の視線が集中する。

 来た。着信だ。

「あれ。グレース・オーリー、ビデオ通話でかけてきたね」

 すっとんきょうな声はみさとである。

「どうします?」

「声だけじゃ、お互いに本物かわからないし、いいじゃない」

 まごまごしている二人を押しのけ、孝子はスマートフォンを手に取って、勝手に応答した。画面にたくましい造作の褐色の顔が映った。赤いヘアバンドが印象的だった。

「ハーイ、グレース。私はケイティー、ケイティー・ジングウジよ」

「……ハルナのナンバー、よね?」

「そうよ。ハルナなら隣にいるよ」

 手招きで呼び寄せて、たくましい上半身を抱え込んだ。

「オー、ハルナ!」

「ハーイ、グレース」

「で、結局、あなたは?」

 友人が交渉の場にしゃしゃり出るのもおかしい。正確を期すれば、長い修飾語が必要になる。

「私はハルナのエージェントよ」

 これぐらいが適当だろう。

「早速だけど、グレース。ハルナは、ロザリンドに行ってもいい、って言ってる。ただ、少し待って。知っての通り、ハルナは今、大学のチームに所属しているの。そちらのヘッドコーチの了承を得ないと。それが済んだら、ロザリンドに連絡を入れるよ。問題ない?」

「ええ。いいわ。そういえば、ケイティー」

「何?」

「さっき、ジングウジ、って言っていたわね?」

「ええ。スー・ジングウジは私の妹よ。スーは、ハルナに打ち勝つ力を求めて、アメリカに渡ったの。そして、立派なポイントガードになった。グレース。ハルナと組めるからって、勝った気にならないでね。スーが、あなたたちの前に立ちはだかるよ」

「言ってくれるじゃないの、ケイティー」

 笑顔に、白い歯がまぶしく光った。

「あなたたち姉妹の挑戦を受けて立つわ」

 さっぱりまとまって、通話はごく短時間で終了した。

「一騎駆けをやらせたら、あんたの右に出る人はいないね」

「そう」

 みさとの称賛を尻目に、孝子は空のカップを手に席を立った。洗い物は自分の手で、がSO101のルールだ。

「あれ。もう行っちゃうの?」

「まだ何かあるの?」

 孝子には用事があった。美鈴の依頼で始まった歌舞の個人レッスンは、依然として継続している。いつもなら、もうとっくに出発していなければならない時間なのだ。

「何か、って。今後の話をしなくちゃいけないでしょうが」

「各務先生に了承をいただいたら、ロザリンドとの交渉は、エディさんにお願いしよう。どちらも話をするには遅いし、明日以降だね」

「各務先生とは、すぐにお話できるじゃん」

「今、部活中でしょう。おはるも早く戻って」

「部活の後に、お話、できるでしょ」

 なかなかにみさとはしつこい。孝子は大仰なため息をついた。

「なら、そうすれば」

 重低音で捨てぜりふをたたき付けると、孝子はSO101を出た。みさとの複数回にわたる反ばくで、完全に気分を害していた。言葉のあやで始めたエージェント業は即日廃業だ。

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