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未知標  作者: 一族
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第四〇〇話 未来への序奏(二)

 春菜は即座に動きだした。ミーティングはそっちのけになったが、誰も止めようとはしない。「至上の天才」の挙に興味津々なのだ。

「撮影は、スマホでいいですかね」

「いえ。きちんとした機材を使って、どこに出しても恥ずかしくない動画にしましょう」

 手に握ったスマートフォンをかざし、今にもSO101を飛び出していきかねなかった春菜の前に立ち、歯止めをかけたのは尋道だった。

「スマホはきちんとしていませんか?」

「スマホだけで動画の編集までされるつもりですか? 不可能とは言いませんが、相当、手間取ると思いますよ。今回限りではなく、他で使う機会もあるでしょうし、舞姫の備品として、それなりの品をそろえてもいいんじゃないですか?」

「郷本君の意見が正しいよ」

 井幡が賛意を表した。

「EXAのSNSにも、最初期ごろかな、本当にスマホだけで撮ったのが、あるよ。歴史なんで残してあるけど、画質も、音質も悪くて、はっきり言って、みすぼらしい。見てみて」

 すぐさまにみさとが動き、手持ちのタブレットに東京EXAのSNSを映してみせた。再生された動画は、選手の自己紹介を映したものだった。白飛びがひどく、何より声が聞き取りにくい。字幕の配慮もなく、いかにもまずい動画といえた。

「確かに、みすぼらしいですね。おかめな私が、さらにグレードアップしてしまいます。ゆゆしき事態ですよ。撮影に使ったのは、よっぽど古い機種ですか?」

「いや。五年前ぐらいのやつ。いくら日進月歩の分野とはいえ、そこまでおんぼろなスマホじゃなかったはず。斎藤さん。最近の投稿を映していただけますか?」

 みさとが選んだのは二カ月前の日付の動画だ。こちらも似通ったシチュエーションの自己紹介だが、画質も、音質も、見違えるように鮮明となっていた。

「昔の、撮ったやつを、そのまま垂れ流してただけのとは、全然、違うでしょう? これも撮影はスマホなんだけど、マイクを使ったり、照明を使ったり、あとは、パソコンでちゃんと編集して。で、ここまで変わったんだよ」

「わかりました。郷本さん、買いに行きましょう」

「待ってください。心当たりがありますので、問い合わせてみます」

「さっき、備品でそろえる、とおっしゃったじゃないですか」

「素人なので、買うに当たっての裏付けが欲しいんですよ」

 さらりと流して尋道はSO101を出ていった。電話、だろう。あれで意外と顔の広い男だ。きちんとした機材とやらの情報がもたらされるのは間違いない。問題は、いくらぐらいするものか、だ。みさとに予算の準備を指示していたところに、尋道が戻ってきた。

「早かったね。どれくらいしそう?」

「レンタルしてみて、試した上で買う方向になりました」

「郷本さん。私、すぐに始めたかったんですが」

「ですので、これから取りに行ってきます」

「どれくらいかかりますか?」

「二時間、ですかね」

「二時間も待たないといけないんですか?」

「素人が、店で悩んで、操作を覚えて、となったら二時間では利きません」

「それは、確かに」

 ああ言えばこう言う春菜を尋道は寄り切ったか。見事な手腕といえた。

「郷本君も、辛抱強いね。私なら、スマホがどうのこうの言い返された時点で、どっかーん、ってなってたよ」

 称賛に、春菜はぎょっとなっている。

「別に。想定の範囲内でしたので」

 言い返してくる内容は、全て読んでいた、と言っている。放言するばかりの春菜とは役者が違った。孝子はにんまりとうなずいた。

「具体的な話を聞かせてくださいな」

「剣崎さんに相談したら、トリニティさんで取り扱っている、個人用のライブ配信キットを試させていただけることになったんですよ」

「へえ。トリニティは、そんなのも出してるんだ」

「ええ。個人で歌を配信したり、ってよくインターネットにありますしね。では、行ってきます」

「あ。剣崎さんのところ?」

 麻弥だ。立ち上がっている。仮に、剣崎の仕事場に行く、と尋道が答えたら、どうだというのだ。送るのか。孝子は内心であきれていた。彼氏の名前が出た途端に、なんだ。この色ぼけが。

「いいえ。ショールーム。舞浜駅西口の」

 華麗にかわして、尋道はSO101を後にした。かわした、と孝子がみたのは、尋道が場所のみに言及した、と気付いたからだ。トリニティのショールームに赴くのは事実だろう。だが、その場所で剣崎龍雅と落ち合うか否かについては触れなかった。おそらく音楽家に配信キットのレクチャーを受けるのだ。その際、色ぼけが近くにいては邪魔になる。その程度の先読みはできる男だ。折を見て答え合わせをせねばなるまい。

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