第三九九話 未来への序奏(一)
月が変わって、いよいよ舞姫の体制づくりは本格的な始動をみた。井幡由佳里の合流が、その契機だった。ユニバースの終了から三カ月余りを経て、ようやく前所属先の男子プロバスケットボールチーム、東京EXAの引き継ぎ作業を終えたのだ。
「中小のチームは、どこも似たり寄ったりだと思いますけど、一人二役、三役、四役が当たり前になっていて、それの割り振りですね。とにかく難儀でした」
その難儀も、ついに終わった、という。
「お待たせいたしました。舞姫の一員として、誠心誠意、努力してまいる所存です。何とぞ、ご指導、ご鞭撻を賜りますよう、お願い申し上げます」
神奈川舞姫合同会社は、昨年度の時点で、中村憲彦の一人会社として成立こそしていたものの、実務家の不在により長らく休眠状態にあった。「神奈川舞姫、舞浜ロケッツ企業連携室」室長の伊東も、スポンサーやサプライヤーの紹介などで存在感を示してはいたが、なんといっても、よそのチームのことだ。勝手はできない。これは、舞姫の運営母体、カラーズのみさとあたりにも通ずる事情だった。舞姫中の実務家、井幡の登場が本格化につながるゆえんといえた。
手始めとなるミーティングは、一二月最初の日曜日、その午前中に行われた。場所はSO101だ。参加者は、カラーズの四人に、静、春菜、美鈴、佳世、中村、井幡、彰ら計一一人である。狭小の部屋にすし詰めとなっている。
「相変わらず狭いのう。テレビが大き過ぎなんだよ」
美鈴はびしりと窓際を指さした。カラーズの誇る六五インチが鎮座している。
「市井さん! あと少しの我慢ですよ!」
唐突に、みさとが叫んだ。
「いきなり、どうした、みさっちゃん」
「二カ月!」
「二カ月?」
「なんと、launch padの舞姫館は、二月上旬の完成予定なのです!」
「ほう! だいぶ、早まりましたな。確か、前に聞いたときは、二月の末、と」
うめいた中村に、みさとはピースサインを向ける。
「シーズン中のロケッツさんは、引っ越しなんてできっこない、って美幸さまが舞姫館を優先させたんです。ただ、そのおかげで、ロケッツ館は、ちょっと遅れちゃって、舞姫館に人が入ってからも、しばらく隣でトンカンが続くんですよね」
「それは仕方ないでしょうね。……二月か。そのころに向けて、私も引っ越しの準備を、ぼちぼち始めないとだ」
ぶつぶつ言っていた井幡が、あっ、と声を上げた。
「そうだ。斎藤さん。スタッフの件は、どうなりました?」
長沢美馬の離脱を受け、不足気味となったスタッフの補充を、舞浜大学女子バスケットボール部に依頼できないか、という案が持ち上がっていた。井幡が尋ねているのは、その首尾についてであった。
「何人か、舞姫に関わってみたい、って希望されてる部員さんがいらっしゃるそうなんです。で、後の話は、井幡さんと直接したい、と各務先生の伝言をお預かりしてます。ただ送り付けるんじゃなくて、実際に面談して、使えると思ったやつを連れていけば、って」
「わかりました。お二人とも、周旋、ありがとうございました。早速、週明けにでも各務先生をお訪ねして、いろいろ伺ってみますね」
「はい。よろしくお願いします」
「人がそろったら、がんがん動かないと。カラーズさんが持ってきてくれた企画に負けないようにね。カラーズ発と舞姫発で、ツインターボ!」
「でも、歌舞は、かなり強力ですよ」
腕を撫す井幡の述懐に反応したのは美鈴だ。
「なんてったって、メインボーカルがいけてるからな!」
「一人だけレッスンを受けて、ひきょう者」
口をとがらせたのは春菜だった。
「まずいですよ。このままでは舞姫の顔が美鈴さんになってしまいます。なんとかして、きゃつを駆逐しないと」
「駆逐するなよ。仲よくしようよ」
「嫌です。郷本さん」
「なんでしょうか」
「私、伊央さんにコーチしてるじゃないですか。それのバスケ版をやろうと思います。SNSで。構いませんか?」
わざわざ確認したのは、尋道の提案により、カラーズはSNSの使用を控えている事実があったためだ。SNSの持つ負の側面に注目し、距離を置こう、という方針は、今日まで堅持されてきた。
「どうぞ」
伊央との契約の際に、これは天才と天才の交渉、と孝子によって他の三人には申し送りがなされていた。凡俗に出る幕はない。口出しは無用とする。孝子の説いた天才の掌握術を、このとき、尋道は忠実に守ったのだ。説明が行き届いておらず、ちんぷんかんの美鈴たちは蚊帳の外だが、構うものではない。
果たして、
「ありがとうございます。必ず、当ててご覧に入れますよ」
春菜は莞爾と笑ったのだった。




