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未知標  作者: 一族
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第三九八話 さかまく火群(二八)

 折よくカラーズ、舞姫両陣営の集結する場が、間近にあった。カラーズと神奈川ワタナベ株式会社との間に締結される自動車使用貸借契約の締結式である。運営母体の支援企業に礼を尽くそうと中村らも来場する。話し合いを行う、絶好の機会といえた。

 締結式は、一一月下旬の一日、神奈川ワタナベ海の見える丘店において、営業時間の終了した後に挙行される。平日の遅い開始は、休日が都合のいい孝子と、休日に式典などもっての外なワタナベ側とが、双方、歩み寄った結果であった。集うのは、孝子以下カラーズの四人、中村、井幡、彰の舞姫組、静、美鈴のゴールドメダルコンビ、と締めて九人だ。春菜と佳世は、部活の優先を孝子が厳命して欠席が決まっていた。

 当日が来た。午後七時に前後して来店した九人は、開始予定の午後七時半まで、二階の会議室で待機することとなった。接待役の店舗スタッフが、コーヒーと茶菓子を供し終え、退出していったところで、談合が始まる。口火を切ったのは中村だ。

「神宮寺は、平気かね?」

 恩師どころか、盟友までも一気に失った静の意向を気にしての発言であった。

「はい。もちろん、残念ではありますけど」

「大丈夫っぽいですよ。実は、べこんべこんにへこんだら、どうしようか、って心配してたんだよね」

 美鈴につつかれ、静は微笑を浮かべた。

「そこまでナイーブだったら、そもそもアメリカに行ってません」

「だな!」

「むしろ、自分より景のほうが気になる。前に、言ってたんですよ。バスケ愛はない、って。人付き合いのいいほうでもないし。先生なんて、できるのかな」

「当然、各務先生も長沢先生も、須之内さんの性格は重々承知でしょうが、静さんからも、改めて喚起したほうがいいかもしれませんね」

 尋道の言葉に、静は深々とうなずいている。

「中村さん。私の話より舞姫のほうは、どうなんです? 景が舞姫に来るのは、ずっと先の話だったし、そんなに影響もないと思いますけど、長沢先生が那古野に行っちゃったら、スタッフ、三人になっちゃいますよね? 大丈夫なんですか?」

「うむ。つらい、か?」

 視線を送られた井幡は小さくうなずいた。

「それは、まあ。ただ、損して得取れ、とも言いますし。なんとか乗り切る算段を考えます」

「損して得取れ?」

「ナジョガクに一点貸せた上に、各務先生も借りてくださるそうで。いつか、取り立てますよ」

「お前」

「そうとでも考えないと、この時期の引き抜きなんて、やってられませんよ」

 舞姫の運営で重きを成す彼女が、この反応だ。つまり、大丈夫ではない、ということになる。

「どうでしょう。カラーズから人を出せば、少しは助けになりますか?」

「ありがとうございます。ですが、できたらバスケの知識があったらいいかな、と」

「ああ。それだと、私たちは失格ですね」

「斎藤さん。舞姫に来る人たちの配属は、もう決まったんですか?」

 尋道が隣のみさとに尋ねた。クラブチーム方式の運営体制となる舞姫は、基本的に選手と所属契約のみ締結し、雇用については協賛企業の支援を仰ぐ。一手に、この支援を引き受けているのが、男子プロバスケットボールチームの舞浜ロケッツだった。そして、両者のマッチングは、みさとの担当なのである。

「うん。天下のロケッツさんに就職できるわけだし、みんな、大喜びさ。今更、舞姫に来い、は言いにくいね。まあ、協賛の一環で人材派遣なんて話もあったし、そのままこっちに戻してもらってもいいんだろうけど。きっと嫌がられるね」

「では、ほとんど利子は付いていないでしょうが、各務先生に取り立てに伺いますか」

「お。そうきますか」

 すぐさまにみさとが呼応する。こうなると、カラーズの「両輪」の進行は早い。

「部員さんに声を掛けていただいて、チームの運営に興味を持っている人がいないか、紹介してもらいましょう」

「うん。来てくれた部員さんを、井幡さんが仕込んで、将来的には舞姫の正規スタッフとして迎え入れるのも面白いかも。井幡さん。その方向で、ちょっと動いてみても、いいですか?」

「え、ええ。ぜひ、お願いします」

「よし。この先は二人に任せて車の話をしようぜ」

 美鈴が叫び、急展開に井幡は目を見張った。

「そういえば、市井、限定解除したんだって?」

「しましたよ。超苦戦でした。何回、補習を受けたか」

「それは、それは」

「そのかいあって、ぼちぼち運転できるようになりましたけどね。自分の車も買うかな。後で蟹江さんにカタログもらおうっと」

「蟹江さん、って、ここの人だよね。重工では買わないの?」

 高鷲重工業株式会社を宗主と仰ぐ神奈川舞姫の人間が、競合他社の車に乗っても構わないのか、と井幡は言っている。

「マニュアルなら大丈夫らしいです」

「郷本君、誰だっけ、重工の自動車部門のえらい人、って?」

 会話に、孝子も加わった。

「螺良副社長ですね」

 問われて、尋道が応じた。

「そうそう。そんな名前だった。その方から、重工にはマニュアルがないので、マニュアルに限っては渡辺原動機の車でも構わないか、構わない、って言質を彼が取ってくれて」

「あ。僕が相談したんですよ。どうしてもマニュアルを運転したくて」

 彰も乗り込んできて、話は盛り上がりを見せる。

「そうなんだ。あ。じゃあ、私も、ワタゲンにするかな。今、アズラなんですよ。ヴァルキューレがいるんで、買い替えなくちゃ、と思ってたんだ」

 ヴァルキューレがなにを指しているのか、孝子にはわからなかったが、こだわらず先に進む。ちなみに、アズラヴァルキューレは、日本第三位の自動車メーカー、アズラ株式会社が運営母体となる日本リーグのチームである。

「はい。井幡さん、お買い上げー」

 一本締めの炸裂と同時に、会議室の扉がノックされた。締結式の準備が整ったのだ。一斉に立ち上がった一同は、一階のショールームに向かうべく、次々に会議室の扉をくぐっていくのであった。

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