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未知標  作者: 一族
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第三九六話 さかまく火群(二六)

「おはるー」

 帰宅するなり上げた孝子の奇声に、麻弥以下の三人は、玄関までがん首をそろえてやってきた。

「お前、どうした」

「おはる。お土産」

 途中のコンビニで買い込んだアイスクリームが入った袋を突き出す。

「ありがとうございます」

「賄賂」

 春菜の手が止まった。

「受け取っても大丈夫なぶつですか?」

「大丈夫。ちょっと厄介事を頼むだけ」

「お姉さん。私にお土産はないんですか?」

「佳世君には、ない。あまり役に立ってくれそうにないし」

「えー」

 いぶかしげな表情の麻弥が口を開いた。

「じゃあ、私は?」

「麻弥ちゃんは、今回は、全く。でも、おはるが振る舞ってくれるんだったら、食べていいよ」

「なんなんだよ」

「ご飯、食べながらにしよう」

 平日の海の見える丘の夕食は、結局、四人そろって取ることでまとまっていた。孝子と部活組の帰宅は、せいぜい三〇分差といったところだ。その程度なら待つのが穏当だろう。部屋着に着替えた孝子がダイニングテーブルに着いて、食事の始まりである。この日のメニューは、キノコ尽くしとなっている。

「松波先生、考えましたね。実に、いいアイデアですよ。長沢先輩をお迎えできれば、ナジョガクにとっては、鬼に金棒になりますね」

 孝子が持ち帰った話を聞いて、春菜は大いにうなずいた。

「お姉さん。アイス、全部、いただきます。お任せください。OG筆頭として長沢先輩をもり立てますよ」

「お願いね、おはる」

「わからないんだけど」

 茶わん蒸しをふうふう吹きながら、麻弥がつぶやいた。

「いくらでも上がいるだろうに、なんで春菜がOGのトップなの?」

「正村さん。私に上はいません。今までも、これからも、私が一番です」

 麻弥を詰まらせておいて、春菜は続ける。

「実力は当然ですし、松波先生の覚えも他と違います。各務先生門下の強みだってあります。後は、お金で、とどめです。これは、現状の私もからきしの部分ですが、女バスに関わっているような人にお金持ちはいませんので、ちょっと出せればオーケーです。お姉さん。ナジョガクとよしみを結んでおけば、舞姫の行く先にもいい影響があると思いますので、カラーズさんにお願いしてもいいですか?」

「任せて。実際の段取りを決めるのは斎藤さんと郷本君だけど」

「おい」

 突っ込みに続いたのはため息だった。箸を止めた麻弥は湯飲みに手を伸ばした。一口、含んで、のろのろと口を開く。

「長沢先生と一緒にやれるの、楽しみだったんだけど」

「麻弥ちゃん。栄転だよ。おはる。栄転でしょう?」

「大栄転です」

「わかってる。ただ、静と須之内は、がっかりするだろうな。特に須之内が」

「なんで。恩師が大栄転するのに」

「いや、あいつ、長沢先生に、一からバスケを教えてもらって、すごく尊敬してるだろ」

「それが、どうしたの」

「待ってください」

 不穏な空気は、春菜の一声で打ち払われた。

「お姉さんのおっしゃりたいことは、わかります。私も、お姉さんと同じ系統の考えをするほうなので。で、正村さんの心配もわかります。須之はバスケに対して、ふわっとしてるので。舞姫には静さんもいらっしゃいますし、さすがに妙な話にはならないと思いますが」

「妙な?」

 孝子の問いに、春菜が返したのは、驚くべき予想であった。

「はい。ショックを受けて、辞めるとか」

 そこまでの心配は、していなかったらしい。え、と叫んで、麻弥は立ち上がった。

「冗談だろ……?」

「残念ながら。長沢先生と一緒にできる、って喜んでいたところからの急転なので。どうかな、と」

 景には前科がある。高校三年時の冬だ。盟友の静が、LBAに挑戦するためのトレーニングを優先して退部の道を選ぶと、これに追随した。静との最後の冬を、最高のものにしようと集中していただけに、これがかなわないと判明した瞬間に変節したのであった。同じような事態が起こる可能性は、ないとは言い切れない。

「そんな須之を見て、長沢先輩が舞姫にとどまったりしなければいいのですが。……あ。失言でした。取り消します。そうだ。各務先生にお預けしましょう。長沢先輩と須之、どちらにもいい道筋を、きっと見つけてくださいますよ。私が知らせておきますので、しばらく静観しておいてください」

 動きを止めた孝子と麻弥を見て、春菜は大慌てだ。なんとか取り繕おうと言葉を重ねている。期せずして視線が交わされ、親友同士は同時にうなずき合った。赤の他人たちが、人ごとについて妄想にふけるまま、しけた面を付き合わせているのも、考えてみれば不毛の極みだった。春菜の言を、今は、よしとするしかあるまい。

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