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未知標  作者: 一族
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第三九〇話 さかまく火群(二〇)

 ライブは三〇分ほどの駆け足で終了した。ザ・ブレイシーズのレパートリーは少なく、加えて、この日は平日であった。学生の孝子と那美は学校がある。

「完全に自分の都合なんだけど、本当に面倒くさい」

 後事を尋道らに託し、鶴ヶ丘に向かう車内で、孝子はぶつくさ言ったものだ。音楽は趣味、人にひけらかすためにはやってない、と言い切る義姉は、活動の一切を極力、外に漏らさぬよう努めている。その手間暇を嘆いているのだった。

「わかった! ライブなんてやらなければ面倒じゃないんだ!」

「駄目!」

 ばか笑いする孝子を、那美と二人がかりで、なだめて、すかして、なんともかしましいひとときとなったのであった。

 鶴ヶ丘に到着するや否や、孝子は静と那美を降ろして走り去った。午前七時を大きく回っており、登校の時間が差し迫っているという。もう一人の学生も、身支度、朝食、と大わらわで済ませて飛び出していった。

 送り出した直後に、母の美幸は大きなため息だ。

「本当に、あの子はわがままなんだから。孝子さんにも迷惑を掛けて」

「ねえ。せっかく待ってたのに、たーちゃん、相手してくれなかったねえ」

 リビングのソファに座って、膝の上に抱えた赤柴のロンドに話し掛けているのは、神宮寺家に居候中の美鈴である。

「寂しいんでしょ。私が向こうに行って、三人がそろうの、本当に少なくなったし」

「だからって。もう少し時間に余裕のあるときでいいじゃないの」

 静は、母と差し向かっていたダイニングテーブルを後にした。触らぬ神に祟りなし、だ。話題を変えるため、美鈴の元に向かった。極秘ライブの邪魔となる美鈴を呼び戻す口実として、尋道は虚構のミーティングを設定する、としていたが、果たして、どんな議題がでっち上げられたのか。聞いてみることにした。

「美鈴さん。舞姫のミーティングって、どんな話だったんですか?」

 並んで腰を下ろすと、ロンドが静の膝の上にやってきた。

「この子、本当に人懐こい」

「たーちゃんがいないときはな」

「お姉ちゃんがいないとき?」

「うん。たーちゃんがいると、ナーミでさえ無視される。この子、たーちゃんを好き過ぎ。で、ミーティングか。結構、重要な話があったよ」

 それは、日本リーグで来シーズンより解禁となる、外国籍選手の参入への対応について、であった。

「え? あれ、もう決まったんですか?」

 でっち上げるまでもなく、といったところだったらしい。

 外国籍選手の存在は、日本リーグのレベルを、間違いなく上昇させる。一方で、日本人にしては長身の選手たちが、強大な外国籍選手たちの割を食ってプレー機会を失えば、日本のレベルは低下する。かつて諸刃の剣として封印した手だてを、再び採用する決定は、日本バスケットボール連盟会長の黒須貴一によって下された。ユニバース後に北崎春菜が要望して、二カ月余りしかたっていない。期待どおりに剛腕は振るわれたわけだ。

「うん。まだ極秘だけどね。中村さんが教えてくれた。週末に、ゴールドメダルのパーティーがあるじゃん? その前にやる日本リーグの会見でやるんだって」

 金曜日の夕方から都内のホテルにおいて、全日本女子バスケットボールチームのゴールドメダル獲得祝賀パーティーが行われる。これに先立って行われる日本リーグの開幕前会見で、外国籍選手の解禁に関する詳細が発表される、という話だった。

「舞姫は、どうするんですか?」

「取らない方向で。先立つものの都合と、あと、中村さんが、いらない、って」

「どうしてですか?」

「鍛えたいんだって。あの人も、前は先生だしね。一年中、指導できるのが楽しみで仕方ないみたいよ」

「へえ。でも、他のチームが取る中で、舞姫だけ取らないと、厳しい戦いになるかもしれませんね」

「ああ。重工とウェヌスは、取っちゃ駄目になった」

 全日本のインサイドを担わん、と志す者は二強のいずれかに参加し、他に所属する外国籍選手たちと激闘するべし――この「北崎宣言」を、黒須はそのまま採択した。日本リーグに二強体制を敷く高鷲重工アストロノーツとウェヌススプリームスは、外国籍選手との契約を禁止されたのだ。

 不平等に、異論もなかったわけではない。特に、外国籍選手を使え、と言われた側から多く挙がっている。弱者のレッテルを貼られた屈辱、非礼に対する反発だ。しかし、結局、押し切られてしまったのは、二強とそれ以外の築き上げてきた抜群の実績故だった。一体、何年、いや、何十年にわたって二強時代が続いていると思っている。続けてきたほうは、いい。たゆまぬ努力の成果といえた。問題は続けさせてきた側にある。忸怩たるものはないのか。新時代を開こうという気概はないのか。何が、屈辱か。非礼か。一丁前の口を利く資格が、自分たちにあると思っているのか。糾弾を受けた者たちに、無条件降伏以外の選択肢はなかったのだ。

「さすがの両チームも、つらくなりそうですね」

「うん。ただ、中村さんの分析では、鎖国していた期間が長くて、どこも海外とのルートが失われているだろうし、いきなり大物は連れてこられないんじゃないか、って」

「ああ。そういう」

「中途半端なのを連れてきても、二強には通じないのに、下位のほうで星の取り合いが発生しちゃって、ますます二強が走る、なんて可能性もある、ってね」

「ははあ」

「そうそう。もう一つ、あった。私たちのオフのトレーニングの話」

 launch padの完成まで、専門的なトレーニングを積める環境を持たない静と美鈴であった。そんな二人のために中村が動いた。大学の先輩であるアストロノーツ部長の木村忠則に掛け合い、練習施設の使用許諾を取ってくれたのだ。

「はあ」

 余計なことを、と静は思った。練習ならば舞浜大でできる。それよりも、何よりも、アストロノーツといったら高鷲重工だ。高鷲重工といったら黒須だ。静は彼を嫌っていた。義姉の孝子に対して過剰に入れ込む中年男の存在が、生理的に受け付けないのだ。重工界隈での活動は、ひょんなところで彼と出くわす危険性がある。いや。出くわすどころか、静がいると聞き付けた彼は、必ず会いに来るだろう。孝子の機嫌はどうだ、とかいって、だ。あの男の顔も見たくないというのに。

 顔も見たくない、といえば、ゴールドメダルのパーティーに、やはり、黒須はいるのだろう。日本バスケットボール連盟の主催なのだ、当たり前か。行きたくなくなってきた。パーティーが終わった後に、帰国すればよかった……。

「あの施設が使えるのは魅力だよね。中村さんも、できる限り、顔を出してくれる、って言ってるし。スーちゃん、行こうぜ」

 静は決断した。お気に入りの後輩までいるのだ。黒須の出現は確定した、といっていい。

 絶対に、行かぬ。

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