第三七四話 さかまく火群(四)
一泊二日で実施される企業説明会の二日目には、新舞浜トーアとlaunch pad建設現場の、両見学ツアーが組み込まれていた。チャーターしたバスで二カ所を歴訪すれば日程は完了となる。
最初に立ち寄ったトーアでは、参加者たちの興味深い動きが見られた。本格の劇場に立ち入るのは、ほとんどが初めてという状況で、初見の興奮が収まると、誰からとなく歌舞の動きの確認が始まったのだ。アイドルのレッスン動画を提示し、さらには、いずれ直接の指導も、などと抜かりなく好餌をばらまいた音楽家の作戦勝ちといえよう。
トーアをたった一行は。次いでlaunch padに向かった。launch pad建設予定地となる、舞浜市幸区亀ヶ淵はライフパートナーDUO跡地の変わりようは、大変なものであった。更地が掘削され尽くし、既に基礎工事が始まっていたのだ。
「うわー。進みましたねー!」
叫んでいるのは基佳だった。今朝方、アメリカから帰国した足で舞浜ステーションホテルに現れるや、そのままくっついてきた。大した元気者である。
「順調にいけば、二月末に落成ね。カラーズと舞姫は三月中に事務所開き、体育館開きができるんじゃないかしら」
遠巻きに望む現場を示して美幸が言った。
「ロケッツさんのほうは、少し遅れるんです?」
「いいえ。小早川さん、前に来たときも、同じようなことを言ってたね。ほぼ同時よ。ただ、そのころって、ロケッツさん、シーズンの真っただ中でしょう」
「あ。そうか」
「忙しい合間を縫って、というのは、難しいんじゃないかな。もちろん、ロケッツさんのほうで可能なら、いつこちらに入られても問題はありませんけど」
「無理、でしょうな。われわれの移転はオフシーズンまでお預けになりそうです」
美幸の問い掛けに伊東は苦笑いだ。工事現場への入場に際して配布されたヘルメットが、巨躯の彼の頭部には座りが悪いらしく、右手で押さえ付けている。
「なので、うちのオフィス勤めの諸君には、当面、今の場所に通ってもらうことになるな。ちょっと距離があるんだが、そう長くはならないだろう。我慢してくれ」
「うわさの小学校ですか?」
諏訪の声に続いて笑いが湧き起こった。舞浜ロケッツが経費削減を目的として、へんぴな場所の小学校を本拠地として使っている事実は、バスケットボール界でも有名な話なのである。
「そうそう。うわさの小学校だよ。若い子たちが言うには、三日目ぐらいまでは、昔を思い出して、楽しいらしいな。後は、遠いわ、使いづらいわ、で不平たらたらだったがね」
「そうだ。伊東先輩」
「どうした」
中村と伊東、桜田大学の後輩と先輩のやりとりが始まった。
「そちらの寮ですが、部屋の空きはありそうですか?」
「あるだろう。部屋の数は十分なはずだ」
「ええ。さすがに自宅通いはつらいな、と思いまして。空きがあるなら、入れてください」
「お前、どこに住んでるんだっけ?」
「鷹場です」
「それは遠いな」
鷹場市は東京都の西部に所在する市だ。亀ヶ淵へは、電車なら乗り換えに次ぐ乗り換えで、二時間近くかかる。車でも一時間強だ。
「わかった。特別に選手と同じ寮費で入れてやろうか」
「ありがとうございます」
「あ。じゃあ、伊東先輩。僕も」
「彰君は、うちに来てもいいのよ?」
便乗しようとした彰を押しとどめたのは美幸だった。娘の静の恋人として、彼を認めている母の言い分になる。
「え……?」
「来るんだったら、リフォームするよ。考えておいて」
「お二人は、どうされます?」
「西区だし、通いかな」
「私は先生と同じ、実家が鷹場なので、舞姫の寮にお世話になるつもりです」
もののついで、とみさとに問われた長沢と井幡の返答である。
「私も舞姫寮に入る予定なので。井幡さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「さあ。ぼちぼち暑くなってきたし、バスに戻りましょうか。ぐるっと近辺を回ってもらってから、舞浜駅に向かいますね」
時刻は午前一一時を回っていた。この日もからりと晴れて、八月の下旬とはいえ、日中は油断できない暑さになる、との予報が出されていた。みさとの提案は適宜であったろう。




