表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
374/746

第三七三話 さかまく火群(三)

 この日のメインイベントは、伊東による舞姫の参加予定者に向けた就職説明会である。クラブチーム方式の運営を標榜する舞姫では、基本的に所属契約のみ選手と締結する。選手との雇用契約は協賛企業の支援を仰ぐのだ。この支援を一手に引き受けてくれるのが舞浜ロケッツだった。ロケッツにとって、重い懸案事項であったホームアリーナの移転が、カラーズの口利きで成ったことへの返礼となる。

 ロケッツに就職した選手たちの勤務内容は、以下だ。スクリーンに映し出されたロケッツの組織図を示しながら伊東は語っていった。

 一に、ロケッツオフィスのスタッフ。

 二に、ロケッツが抱えるユースチームや開催するクリニックのスタッフ。

 三に、オフィシャルショップのスタッフ。

 これらは現時点で決定している一三人に対して保証される。一が六、七人程度、二と三が三、四人程度ずつの割り振りだ。また、以降に舞姫に加わる者についても、できるだけ善処する、と伊東は表明した。

「神宮寺社長」

 職務の詳細について質疑応答が行われている最中に、栗栖の発言だ。

「はい」

「市井と妹さんの希望は、どうなっているのでしょうか?」

 この場にいる者だけで、わいわいやっていても構わないのか、と彼女は問い掛けている。

「二人についてはご心配なく。LBAとの兼ね合いもありますし、ロケッツさんのお世話になるのは難しいでしょう。カラーズで引き受けます。なので、伊東さま。二人分の枠は先送り、とさせていただけませんか?」

「承知しました。では、北崎たちも、都度、談合するのがよさそうですね」

 現在、大学の三年、二年、一年の春菜、景、佳世が舞姫に参加するのは、順に一年後、二年後、三年後となる。その能力だけを考えれば、静たちと同じくLBAに旅立つ可能性がある三人だった。伊東の提案は理の当然といえた。

「はい。よろしくお願いします」

 折しも部屋にノックの音が響いた。ホテル内のレストランに発注していた弁当が届いたのだ。午前の部はここで終了となった。

「ほい。あんたの」

 孝子の元にみさとがやってきた。提げていたクーラーボックスを開き、包みを取り出した。見覚えのある「英」の仕出し弁当だった。孝子はアルコールと塩分に強い拒絶反応を示す体質だ。それを知るみさとが、なじみに専用を依頼したのだろう。

「わざわざありがと」

「礼には及ばぬ。私の分も頼んだ。役得じゃ」

「いくらしたの」

「聞かぬが花よ」

 高笑いをしながらみさとは去った。

 昼食が済むと、午後の部が開始された。引き続きロケッツ絡みの話題が主となる。一段落すると、みさとが予告していた歌舞の説明に移った。担当するのは剣崎だ。

「おそらく、皆さん、大いに困惑されたと思うんですね。歌舞なんて、バスケットボール選手のやることとは思われない、と」

 ――だが、考えてみてほしい。舞姫の前身であるみかん銀行シャイニング・サンが消滅するのはなぜか。母体企業の都合だ。何もシャイニング・サンに限った話ではない。名門中の名門、強豪中の強豪、高鷲重工アストロノーツであっても、母体企業がノーと言えば、即座に立ち行かなくなるだろう。実業団とは、そういうものなのである。

 舞姫が前身のチームと同じ轍を踏まぬためには、他者の経済力への過度の依存を避けねばならない。依存を避けるとは、自立することだ。そのためには、名を売る必要があった。名、あればこそ、人が、金が、力が、集まる。その助けに歌舞は、きっと、なる。

 意気揚々と言い放った剣崎が尋道に合図を送った。尋道は手元のノートパソコンを操作した。スクリーンに新舞浜トーアの特徴的な門形の外観が表れた。

「八月の、一日に、ロケッツさんの新体制発表会が執り行われ、その場において情報も解禁されましたので、舞姫としても公に扱えるようになったわけですが」

 スクリーンを剣崎は指した。

「バスケ界では、かなり、話題に上ったと伺ってますので、皆さんもSNSなどで見聞きされたかもしれません。こちら、新舞浜トーアの劇場が、舞浜ロケッツの新しいホームアリーナとなります。つまり、ロケッツさんのきょうだいチームとして遇される神奈川舞姫のホームアリーナも、また、こちらになるわけです」

 表示が切り替わり、映し出された劇場の偉容を目の当たりにして、室内のそこここでうめき声だ。

「唐突に、歌舞なんて代物が出てきた理由を、察していただけるでしょう。ここを本拠地にする舞姫の演出は、文字どおり、歌劇的なものとしたいんです。ぜひ、眉につばを付けず、最後まで聞いていただきたい」

 合図で、再びスクリーンが切り替わった。動画らしく、中央にトレーナー姿の男が一人、映っている。黄色い声が聞こえてきたあたり、有名人なのか。確かに、姿形の整った男ではあった。

「誰?」

 孝子は麻弥に問うた。

「誰、って。Asterisk.の関さん」

 歌舞に使う楽曲、『Shooting Star』は、日本の六人組男性アイドルグループ「Asterisk.」の持ち歌だ。スクリーンの男は、グループのリーダー、関隆一(りゅういち)、という。親交のある剣崎の依頼で、レッスン動画を手ずから撮影した。Asterisk.の振り付けのほとんどを手掛ける関ならではの挙、と麻弥はしゃべる、しゃべる。

「麻弥ちゃん、詳しいのね」

 美幸が顔を寄せてきた。途端に麻弥が詰まった。

「恋人との寝物語で聞いたんですよ」

「違う!」

 大声に、室内の視線が麻弥の一身に集まった。即座にゆであがったタコ女を見て、孝子は口を押さえた。噴き出さずに乗り切るのは、相当な難事になりそうであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ