第三七二話 さかまく火群(二)
神奈川舞姫の企業説明会が開催されたのは、八月最後の週末、舞浜駅西口のホテル、舞浜ステーションホテルにおいてであった。会場を選定したのは斎藤みさとだ。ホテルは、ペデストリアンデッキで駅と連結し、会議に使える小宴会場も設けられている。説明会が終われば、参加者たちは、そのままチェックインして、翌日に備えられる。場所柄、値が張るが、これら利便性を買った、という。
午前一〇時五五分、カラーズが借りたホテル三階の小会議室前で、ぽつねんと机に着いているのは孝子だ。説明会の次第を全く把握しておらず、今更、交ぜても話が滞る、と配されたのが受付であった。来場者に記帳を促し、資料を渡す。確かに、なんの知識も技術も必要ない役回りだ。
主催、参加、取材、とそれぞれの事情で集った二〇人余のうち、いまだ到着していないのは、那古野女学院高の女子高生二人である。他は、部屋の中で説明会の開始を待っている。主催者たちは進行や機器の最終確認に余念がないのだろう。参加者たちは緊張し切っているのか。あるいは取材者に捕まっているか。
エレベーターホールのほうで人の声だ。見れば、白い開襟シャツと濃紺のスカートの制服二人組がいる。黒瀬真中と香取優衣だろう。
「ナジョガク?」
「はーい」
「こっち」
二人が受付で記帳する間に孝子は部屋の扉を開いた。
「到着ー」
「やっと来ましたか。まさか最後とは。ナジョガクの恥さらしどもめ。しばいてやります」
春菜がのしのしやってくる。
「おはる。ついでに外の机と椅子、中に入れるのを手伝って」
「あんぽんたん二人にやらせましょう」
「北崎先輩。まだ一一時になってません。セーフ、セーフ」
黒瀬が顔を突っ込んできた。
「セーフか、どうかは、この際、問題じゃなくて。お前たちが最後だったのが問題なの」
「駅で迷っちゃって」
「土地勘のない場所ってわかってるんだから、一本、電車を早くするとか。それぐらいの機転も利かないとは。真中と香取がナジョガクの名を汚した、って松波先生に報告しておく」
女子高生たちの悲鳴が上がった。
「北崎。じゃれてないで。そうこうしてるうちに、セーフがアウトになりかかってるよ」
叱声は長沢美馬だ。舞浜大学女子バスケットボール部の先輩、後輩の間柄になる二人である。
「あ。鶴ヶ丘の……!」
黒瀬と香取が目を見張った。今年の高校総体女子バスケットボール競技決勝は、三年連続となる鶴ヶ丘高対那古野女学院高の顔合わせだった。勝者は前者で、敗者は後者だ。それぞれのチームの一員の、約半月ぶりとなる再会となる。
「おっす。来年は仲間。よろしくね」
「え! 鶴ヶ丘はやめられるんですか?」
「うん。私、新任で鶴ヶ丘に来て、以来、ずっとなんだ。さすがにもう異動、と上に言われて。だったら中村さんの下でバスケを勉強しよう、ってね」
意外より他に思うところはないのだろう。二人は棒を飲んだようになっている。
「はい。黒瀬さん。香取さん。座って。全員、そろったね。では始めましょうか!」
議長はカラーズの誇る陽性のみさとが担当する。ロの字型に配置されたテーブルの上座にどっしりと座った。傍らには機器の操作を担当する尋道が控えている。みさとの背後に展開されたスクリーンが彼の主戦場だ。
みさとは、彼女の左手側にずらりと並んだ舞姫の参加予定者たちを呼び上げていく。元エヌテックポインターズの栗栖万里、元鹿鳴製鋼リーベラの後藤田睦実、舞浜大学女子バスケットボール部の竹内美帆と安住美樹、元SSCアイギスの諏訪昌己、春菜、元国府電気ハーモニーズの青山多恵、舞浜大学の須之内景、佳世、那古野女学院高の黒瀬と香取、以上一一人だ。参加するLBAがシーズン中のために不在の神宮寺静と市井美鈴を合わせれば計一三人になる。
続いて、右手側に移る。最も手前には、舞浜ロケッツ社長の伊東勲が座を占めている。
「次。お隣は、音楽家の剣崎龍雅さん。おそらく、皆さんが一番気になっているであろう、例の歌舞、ね。その責任者だ。ま、詳しい話は後のお楽しみ、ってことで」
さらに剣崎の隣には、『バスケットボール・ダイアリー』誌の編集長、山寺和彦の姿があった。選手の選考を買って出るなど、最初期から舞姫と協調するジャーナリストだ。
「それから、皆さん、ご存じ。先に行われたユニバースで、見事、全日本をゴールドメダルに導いた世界ナンバーワンヘッドコーチにして神奈川舞姫の社長、中村憲彦さん」
以下、長沢、井幡由佳里、雪吹彰といった舞姫のスタッフたちが続く。
「最後に、私たちカラーズの紹介をさせてもらうね。まず、会長の神宮寺美幸さま。あの神宮寺静ちゃんのお母さまで、かつ、ロケッツさんと舞姫の本拠地となるlaunch padのオーナーさんね。次が、社長の神宮寺孝子。名前でわかるとおり、静ちゃんの姉ちゃん。その隣が、正村麻弥。カラーズで売ってるグラフィックシャツ、ってご存じかな。あれのイラストレーターが、この子。で、最後に、郷本尋道と斎藤みさと。カラーズの実務の大抵を、この二人で取り仕切ってるのさ。何かあったときには、私たちを通してくれれば、多分、話は早い。以上!」
堂々の長広舌が終わった。




