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未知標  作者: 一族
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第三七〇話 祭りばやし(二九)

 全日本女子バスケットボールチームを出迎えないか、とは黒須からの急な誘いだった。昨日、バルシノをたった日本選手団は、今日の午後遅くに東京空港に着く予定となっていた。出迎えは、混雑が予想される空港ではなく、帰国会見を行うホテルで、じっくりとしたものになる。日本バスケットボール連盟会長なら、当然、なんでもないことに違いなかった。

 カラーズの四人の間でグループ通話が始まった。黒須を嫌悪し、着信拒否している孝子も、話だけは聞け、と言われて麻弥の隣にいる。

「お二人にも連絡がありましたか」

「うん。久しぶりで、びっくりしちゃったよ」

「ぼちぼち神宮寺さんの怒りも解けたころ合いか、探りを入れてきたに違いありません。まずは、最も近しいと思われているお二人でしょう」

 そもそも反りの合わなかったところに、古里をこけにされた一事を契機として、孝子は黒須に罰点を付けた過去があった。半年前の話である。

「おはると佳世君を迎えに行くつもりだったけど、あの人がいるなら、おっくう。麻弥ちゃんにお願いして、私は何かおいしいものでも作ってようかな」

「それがいいんじゃないですか。僕たちにお任せください」

「黒須さんに孝子のことを聞かれたら、どうしよう?」

「幸い、黒須さんは神宮寺さんの名前を出してきていません。巻き添えを恐れて、僕たちは神宮寺さんを誘わなかった、でどうでしょう」

「え。そんなので、大丈夫か……?」

「自分は何も思い付かないくせに、取りあえず言い返すの、やめたほうがいいよ」

 孝子の、肺腑をえぐる一撃に、麻弥は息をのんだ。

「まあまあ。どちらも怖い方です。僕たち小物は当たらず障らずでいるのが穏当ですよ」

 そんな会話のあった数時間後だ。日本選手団の帰国会見は、東京空港の構内に所在する東京エアポートホテルで行われる。麻弥、みさと、尋道の三人は連れ立ってホテルを訪れた。

「黒須さんとは『中村塾』のパーティー以来だな。なんか、緊張する」

「仕切りは斎藤さんは任せましょう。多分、流れ弾も来ませんよ」

「任された」

 三人はエレベーターホールから地下に下りた。会見は地下一階の大宴会場「銀河」にて執り行われる。低層ながら豪奢な造りのホテルが誇る大空間という。

 地下一階のロビーに出ると、小用だろうか、人々のせわしなく行き来する姿が見られた。紺のジャケットと白のパンツは選手団の公式スーツだ。ホールの正面に大きく口を開けた「銀河」の脇にある小部屋に三人は入った。会見を前に選手団は、控室として用意された、この「惑星」で待機している、と聞いていた。

 中は、意外に人が少なかった。選手団といっても、常に大集団で行動しているわけではない。日程によっては、ずっと先に帰国して、この場に不在の者も多いのだ。おかげで全日本女子バスケットボールチームは、すぐに見つかった。部屋の隅で黒須らと話し込んでいる。彰ら桜田大の面々や、アストロノーツの木村の姿もあった。大層に盛り上がって、誰もこちらには気付かない。内容は、春菜がU-23チームの伊央健翔に猛アタックを受けていた、なるものだったのだが、もちろん、三人の知ったことではなかった。

 指呼の間となって、ようやく須之内景が三人に気付いた。

「あっ。お疲れさまです」

「お疲れさまでーす。全日本女子バスケットボールチーム、選手、スタッフの皆さま。お帰りなさいませ。そして、ユニバースのゴールドメダル、誠におめでとうございます」

 麻弥、尋道も同じような調子で続き、いんぎんなあいさつの三連発で、全日本のさざめきは完全に止まった。答礼を受けた後、みさとが続きを促した。

「すみませーん。もりあがっていたのに。どうぞ、続けてください」

 春菜が進み出てきた。

「くだらない話なので、お気になさらずに。実は、私、ずっと伊央さんに絡まれてましてね。それを、この人たちが誤解して、騒いでいたんです」

 合流前に、何やら騒いでいたのは、これか。U-23サッカー日本代表チームのうち、佐伯、奥村、伊央の三人は、チームが帰国した後もバルシノに残っていたのだ。春菜を擁する全日本女子バスケットボールチームを応援すべし、と伊央の提案だったそうだ。春菜を殊の外に気に入った彼は、東京空港で別れるまでべったりしていたとか。

「ああ。閉会式に、F.C.の三人がいたのって、それでか!」

 麻弥は思い出していた。閉会式で、全日本のそばにいるはずのない三人がいた映像を、である。

「伊央さんか。いいじゃん。うらやましい」

「斎藤さん。紹介しますよ」

「本当に?」

「断固として、します。押し付けますよ」

「ほほー。楽しみー」

 話題が切れたところで、みさと、黒須たちのほうに向いた。

「黒須さま、ご無沙汰しておりました。木村さまも、お久しぶりです。桜田大の方たちも、四カ月ぶりぐらい? 『中村塾』の打ち上げのとき以来ですね」

「ああ。久しぶりだ。今日は、三人だけかね?」

「はい。皆さんに、直接、お祝いを申し上げられる貴重な機会を作っていただきまして、本当にありがとうございました。そうだ。ハルちゃん。池田さん。あの子、海外から帰って、二人が和食に飢えてるはず、って腕によりをかけているよ。お楽しみに」

「私、もう帰りたいんですが」

「最後のお勤めだ。頑張って。よし。荷物、ちょうだい。いっぱい、あるでしょ? すぐに帰れるように、あらかじめ積み込んでおくよ。はい。動けー」

 問われたことには、ただの一言で答え、かつ、孝子不在の理由を披露しつつ、直後に鮮やかな撤退劇だ。みさとの号令一下、二人から預かった大荷物を抱えて、三人は「惑星」を後にした。

 入れ替わりに入っていったスーツ姿の女性が発したのだろう。「銀河」への入場のため、選手たちに整列を求める声が、かすかに聞こえた。

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