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未知標  作者: 一族
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第三六九話 祭りばやし(二八)

 さて。ユニバースが正式に閉幕した日の正午だ。孝子、麻弥、みさとのカラーズ三人娘は、舞浜市中区の官庁街にいた。すしの名店「英」が入居するビルの前だ。孝子と麻弥の母校である舞浜市立鶴ヶ丘高校の女子バスケットボール部は、先に行われた高校総体で、見事、全国制覇を成し遂げた。女子バスケ部を率いる長沢美馬は、孝子と麻弥にとって恩師に当たる。教え子たちが恩師を迎えて祝勝会を行うのだ。

 一人、交ざっている教え子ではない女は、急きょの参加者であった。二日にわたって居座っていた神宮寺家からの帰りしなに参加は決まった。

「今日は予定あるん?」

 早朝、見送りのため外に出たとき、みさとが孝子に問い掛けてきた。

「お昼に、長沢先生と食事」

「おお。そうそう。総体、優勝したんだよね。二人で?」

「いや。麻弥ちゃんも」

「どこ行くん?」

「『英』さん」

「何!?」

「しかも、個室だよ。連れていってもらったことはあるけど、自分で予約したのは初めて。私の名前でも大丈夫なのかな、って。ちょっと緊張した」

「交ぜて」

「結構、したんだよ」

「自分の分ぐらい払うわ」

「足りない。長沢先生の分も折半してもらわないとね。結構、するよ」

 これで引くと思っていたら、みさとは敢然と乗ってきた。

「出すよ。だから、お願い。私、おすし、大好きなんだよ。個室とか、コネないと、なかなか入れないでしょ」

 押し込まれた孝子は、長沢の了解と「英」への人数変更が共に通ることを条件に、みさとの参加を認めた。結果は、双方がオーケーで、みさとは晴れて参加となったのだった。

「おいっす。今日はお招きありがとさん。斎藤さんはご無沙汰だったね。久しぶり」

「英」の前に長沢が現れた。白いレースシャツにパステルピンクのパンツという組み合わせだ。孝子以下三人もパンツルックだったので、色とりどりのパンツが並んだ。

「ようこそ。長沢先生。このたびは高校総体優勝、おめでとうございます」

「おう。ありがとう」

「ダイアリーさんの記事によると、今年は鶴ヶ丘の三冠で確定、とか」

 あらかじめ現況を把握していたのだろう。みさとらしい合いの手だった。

「どうかねえ」

「周りとの兼ね合いでいったら、伊澤さんがかつてのハルちゃんぐらい突出してるし、隙は見当たらない、って書いてありましたけど」

「そうだねえ」

 発言者以外の視線が微妙に絡み合った。

「何か、あったんですか?」

 切り出したのは孝子だ。

「あった。でも、大した話じゃないよ。食べながら話そう。別にご飯がまずくなるような類いでもないし」

 一行は「英」に入った。通されたのは二階の個室だ。狭い部屋にはこぢんまりとしたカウンターが据え付けられている。至近で料理人の手練を堪能しつつ、料理に舌鼓を打てる、という趣向なのだ。

「すげえ!」

 主賓ははしゃいでいるが、その他の面ときたら、しけきっていた。

「せっかくいいところに呼んでもらったんだし、先に済ませちゃおうか」

 乾杯の後に長沢がつぶやいた。カウンターの中では、今日の接待を担当する「英」の若大将が作業に取り掛かっている。

「私が今年限り、っていうのを、いつ言うべきかな、って迷ってたんだけど、さ」

「あ。お話ししたんですね」

 来年度から舞姫への参加が内定している長沢だった。

「うん。今、三年の子の妹が、沖縄まで応援に来てて、来年、鶴ヶ丘に来て、私に教わりたい、なんて言うのさ。うそをつくわけにもいかないし、いい機会なのかな、と思って、話したよ」

「どうでしたん?」

「泣く、泣く。三年まで泣いてさ。お前たちとは最後までやるんだけど、って言ってやりたかったけど、言えないわな」

「那美、そんな話、してたか?」

「ああ。今のところ、知ってるのは沖縄に行った連中だけ。帰ってすぐに盆休みに入ったし、全員に伝えるのは盆が明けて。今から気が重いわ」

 なんのことはない。十分に、飯のまずくなる類いだ。室内は静まり返っている。

「そうだ。舞姫の、次の会合には、ユニバース組も参加するの?」

 八月最後の週末に、舞姫は大々的なミーティングを行う。選手、スタッフが勢ぞろいする予定だが、何しろ、中村以下のユニバース組は時の人たちだ。参加の見通しは、と長沢は問うているのだ。

「LBAの二人以外、全員」

 ミーティングの差配を一手に引き受けているみさとが断定的に言った。

「お。よかった。時間があったら、中村さんに伺ってみたいんだよね。教員時代は、相当、名をはせていた方だし、今回みたいな経験も、おありなんじゃないかな、って思って。どうするのが正解だったんだろうね」

 長沢の、大きな嘆息だった。その眉間には深いしわが刻まれていた。

「先生。あまり気になさらないほうが……。異動は、仕方なかったんですし」

 気遣わしげに麻弥が長沢の顔をのぞき込んでいる。

「そうです。仕方ありません。どのタイミングで言っても泣かれました。悩むだけ無駄です」

 麻弥と比べると険のある内容だったが、これで孝子も気を遣っているつもりである。長沢は苦笑している。表情は、少し柔らかさを取り戻しただろうか。

 タイミングよく先付けの小皿が出された。若大将の口上が続く。祝宴の始まりだった。

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