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未知標  作者: 一族
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第三六八話 祭りばやし(二七)

「ユニバーサルゲームズ」が終わった。大会の日程としては、まだ一日あるのだが、孝子にとっては同義だ。全日本は閉会式まで参加した上で帰国の途に就くという。ただし、静と美鈴は中断していたLBAのシーズンに戻るため、既にバルシノをたっている。決勝戦の行われた時間を考えると、かなりの強行軍になるが、アメリカのチャーター機に同乗させてもらえたとかで一安心だった。いずれ安着の知らせが届くだろう。

 ……そうだ。安着の知らせの前に、静がアメリカ行きの報告に事寄せて送り付けてきたメッセージがあった。

「ゴールドメダル、取ったよ! ザ・ブレイシーズのライブ、よろしくね!」

 だそうだ。覚えていやがった、である。面倒な。尋道に手配を頼んでいたが、その後、進捗の報告はない。どうなっているのか、と考えて、合点がいった。静がねだってきたライブには前提条件があった。ゴールドメダルの取得が前提となっている。全日本がゴールドメダルを得たのは、つい半日前である。話が進んでいるわけもない。

「しーまったーっ!」

 夕方、「新家」のキッチンでローストビーフの火加減の見ていたみさとが叫ぶ。

「うるさい! ばか!」

 至近距離で大声を聞いた麻弥も叫ぶ。仮眠を終えて戻ってきて、祝勝会の手伝いに参加していた。今は、パントリーに向かおうと、ちょうどみさとのそばを通っていたところだ。

「犬。あの二人、うるさい。かみついてきて」

 物思いにふけっていて、連続した大声に肝をつぶした孝子の、重低音の指令だった。

「やめろ! お前が言うと、本当にかむかもしれないだろ!」

 とことこやってきたロンドを見て麻弥が悲鳴を上げる。

「犬。戻っておいで。で、斎藤さんは、何が、しまった?」

「おドリンクを買い忘れてきた」

 昼間のうちにみさとは買い出しに出掛けていた。そこでの手抜かりの告白だ。

「ああ。行ってくるよ。ご希望は?」

「私はノンアルの何か」

「一杯、いっちゃったら?」

「悪いよ」

「いいよ。私に近づかなければ」

「私だけ別室か。ないな」

 ダイニングテーブルに着いてゆらゆらとしていた美幸が立ち上がった。仮眠の不足は明らかにもかかわらず、これ以上は寝られない、と無理に起きているのだ。

「美幸さま。そんな状態で付いていっても足手まといですよ。味見をお願いします」

 小皿片手のみさとが美幸の行動を阻止した。

「ケイちゃん。一緒に行ってあげる」

 ロンドを抱えた那美が近づいてきた。

「いいけど、犬は置いていくよ」

「えー」

「食料を買いに行くんだし、犬はお店に入れないよ。かといって、外で待たせておくのもかわいそうでしょう」

「私が一緒にいる」

「それは、一緒に行く、って言わない」

 結局、那美は付いてこず、孝子は一人で「新家」を出た。

 と、暑い。午後六時では暑気も引き切っていない。買い物は、近所のコンビニで済ませる予定だったが、孝子は車に乗った。車で行く距離ではない、とわかっている。それでも暑いものは暑いのだ。

 神宮寺家の敷地を出てすぐ、孝子は道行く人の存在に気付いた。郷本尋道が歩いている。この時期、午後六時を回っていても、暑さ同様に明るさもまだまだ健在だ。そのおかげであった。

「郷本君」

 車をとめて声を掛けた。

「お出掛けですか?」

「はい。ちょっと買い出しに」

「かさばるものですか?」

「量によっては。斎藤さんが飲み物を忘れた、って」

「お手伝いしましょうか? 量によっては、ですが」

「じゃあ、お願い。どうぞ」

 尋道が助手席に乗り込んできた。

「乗せておいて聞くのも遅いような気がするけど。郷本君はどちらに?」

「そちらにお邪魔するところでした。神宮寺さんが戻るまでは祝勝会も始まらないでしょうし。ちょうどよかったですね。買い出しは、どちらに?」

「そこのコンビニ」

「でしたら、『まるくと』に行きませんか。量を買うんでしょう? だいぶ、違いますよ」

 尋道が挙げたのは、かつてアルバイトをしていたとかいう、鶴ヶ丘駅前のスーパーだ。買い物の量ではなく外気の高さこそ問題だったので、孝子としては、どちらで構わない。提案に乗ることにした。

「いい機会なので、伺っておこうと思うのですが」

 助手席に座った尋道が言った。

「ザ・ブレイシーズのライブ、静さんが帰国した直後に、では早過ぎますか?」

 出発に、待った、である。まさに、つい先ほど、思案していたザ・ブレイシーズの話題が出てくるとは、なんという巡り合わせか。

「朝の六時とか、それぐらいで、って話?」

「ええ。ごく自然に静さんと密会するには、一番いいかな、と思いまして」

「麻弥ちゃんやおはるが、付いてくる、って言わないかな。どやせばいいんだけど、それだど、あまり自然じゃないし」

「うちのおじさんに聞きましたが、ザ・ブレイシーズのライブには、いつも那美さんも来られているそうですね。今回も呼んでいただけませんか。そして、絶対に姉妹二人で静さんをお迎えする、と暴れてもらいましょう。あの子なら、それぐらい言っても、誰も不思議に思わないのではないですか?」

 孝子は噴き出すのをこらえるので精いっぱいだ。確かに、那美を利用すれば、密会は自然なものとなる。決まった。隙のない男に、再度、一任を宣言した後、孝子は車を発進させた。

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