第三六七話 祭りばやし(二六)
「北崎春菜劇場」は続くようだ。散々に己の功を誇った後で、まだ時間はあるか、と基佳に尋ねている。
「大丈夫だと思います。今日の、というか、昨日の日程は、もうとっくに済んでいますし、日本では、この時間、録画放送しかやってないはずなので、融通は利くはずです。利きますよね?」
基佳が声を張った。現地の責任者に確認したのだ。
「いいようですね」
春菜がうなずいた。ゴーサインが出たらしい。
「では、時間の許す限り、日本の女子バスケの未来について、今回のキーパーソンでもある山寺さんと語らおうと思いますよ」
「え……?」
「何をとぼけているんですか。相当なキーパーソンですよ」
まず春菜が披露したのは、昨年の春先の出来事だった。LBA挑戦を模索する美鈴を側面から支援するため、プロモーション用のプレー集をダイアリーが制作した、というあれだ。同じく昨年の処暑に立ち上がった「中村塾」にも、山寺は一枚かんでいる。バスケットボールのピークシーズンと重なる活動を勘案し、参加者を絞っていたところへ、強く門戸の開放を主張したのだ。ひいては現全日本の原型ができあがったわけだから、確かに、キーパーソン、だった。
「美鈴さんは、当時の全日本の貴重な主力でしたので。大事な時期にリスクのある移籍でコンディションを崩されたら困る、と挑戦を妨害するような動きがあったらしいんですね。その動きを裏切って、美鈴さんにくみしたのが山寺さんとダイアリーさんですよ」
山寺が豪快にむせた。
「いや。裏切った、って。人聞きが悪いな」
「事実ですよ。でも、結果として、よい方向に進んだわけですし。見事に『急がば回れ』になりましたね」
わが意を得たり、と山寺は春菜のせりふに、しきりにうなずいている。
「ええ。アジア選手権が間近に迫っていたし、短期的に見れば、あのとき、市井をアメリカにやるのは、絶対に危険だったんだよ。しかし、長期的に見れば、海外の強豪が集うLBAでのプレーは、間違いなく、市井の、日本の、ためになる。そういう意味で私は、北崎さんの言った『裏切り』に走ったわけで……。『急がば回れ』と言ったのも、多分、そこだったと思うんですが、よく覚えてましたね」
「私は頭脳も一流ですので。冗談はさておき。山寺さんが、『中村塾』の門戸を開放したら、と提案されたのも大きかったですね。長い時間をかけて、全日本では難しい濃密なトレーニングができました。特に、桜田大の方たちの胸を借りられたのは、本当によかった」
「ええ」
「先ほどは、散々に威張り散らしましたが、実際、今回のゴールドメダルの肝要はなんだったか、といえば、シェリルさえなんとかなれば、アメリカにだって勝てる、と皆が自信を持っていたことなんですよ。そして、その自信を育んでくれたのが、桜田大の方たちなんですね」
仮想アメリカを結成し、「中村塾」に胸を貸してくれた桜田大男子バスケ部有志たちを、春菜は改めて称揚した。
「ただ、次、世界選手権やユニバースの前に、もう一度、同じ方法でチームを強化しようとしても、なかなか難しいでしょう。何しろ、男子のトッププレーヤーを私たちの練習に付き合わせるというのは、彼らをスポイルするのと同義ですから。おいそれとはいきませんよ」
春菜が居住まいを正した。
「そこで私は提案したいんです。さっき、山寺さんは、海外の強豪と日常的に、ってお話をされたじゃないですか。そろそろ日本リーグも外国籍の選手の参加を解禁してはどうですかね。選手を海外に出すのもいいでしょうけど、皆が皆、美鈴さんや静さんみたいに適応できるとも限りませんし。桜田大の方たちが私たちにしてくれた手ほどきほどの効果は、望むべくもありませんが、有効な強化策になると思いませんか?」
明らかに異質な放送だ。もはや全日本に眠たげな者など誰もいない。テレビの前の孝子ですら、春菜の一挙手一投足にくぎ付けだった。
「いや、そうだけど……。外国籍選手の登録禁止には、れっきとした理由もあって」
「全チームがインサイドを外国籍の大きな選手で固めちゃって、日本の大きな選手が育成できなくなったんでしょう? 簡単に解決できますよ。日本リーグの二強、重工さんとウェヌスさんは外国籍の選手の獲得を禁止します。両チーム以外が獲得するんです」
絞り出した山寺を春菜は一蹴した。
「われこそは、と思う日本の大きな選手は重工さんかウェヌスさんに入って、外国籍の大きな選手たちと戦ってください。これでばっちりです。可及的速やかに解禁しましょう。とくれば、あの方に頼むしかありませんね。黒須会長ー、見てますかー」
春菜が手を振る。
「ご覧になっていなかったら、どなたか近しい方、伝言をお願いします。日本の女子バスケを強化するため、外国籍選手の登録ができるよう、日本リーグの規定を変えさせてください。得意の剛腕なら、すぐですよね? 報奨金の額ともども吉報を期待してますよ。それでは、バルシノから北崎春菜が、お送りしました。さようなら!」
勝手に締めて、春菜はさっさとスタジオを退出していった。放送時間には余裕があったようで、数分にわたって、取り残された全日本と基佳、山寺のほうけた様子が映り続けていたのは、ある意味の、放送事故、といって差し支えなかっただろう。




