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未知標  作者: 一族
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第三六六話 祭りばやし(二五)

 依然、孝子たちは「新家」のLDKにたむろしていた。孝子はロンドを抱えてソファに座り、いつしかうつらうつらとまどろんでいた。元気者のみさとは全日本の登場を逃すまいと、テレビのチャンネルをがちゃがちゃしている。公式会見と休憩の時間から計算すると、そろそろのはず、らしい。

「あれ」

「……どうしたの?」 

 孝子は目を開けた。続いた大あくびに釣られたか、ロンドもかっと口を開く。

「大きな口。ちょっと犬の野生を見た気がする。で、何?」

「ハルちゃんがいない」

 どこかの局の現地スタジオらしき場所に、中村と全日本の選手たちの姿があった。春菜の姿は確かに見当たらない。

「何か言ってないの?」

「うーん。番組の最初に何か言ってたのかも。ちょっと連絡入れてみる」

 言いながら、みさとはスマートフォンとにらめっこしている。片っ端から当たった結果、井幡の返信で事情は判明した。体調不良で静養中、ということになっている、だそうだ。

「ということに……?」

 続きがあった。

「寝た、だって。公式会見にも出てないらしい。ああ。他言無用」

「ほとんど突っ立ってただけに見えたけど、おはるなりの苦労があったのかな」

「かもね」

 再び、孝子がまどろみだしたころだった。みさとの声が響いた。

「起きて! ハルちゃん、来たぞ! 多分、ここに合わせてたんだ。放送公社。小早川さんがいる」

 日本放送公社の現地スタジオで全日本に相対する男女の二人組、一人は基佳、もう一人も既知の人だった。『バスケットボール・ダイアリー』誌の編集長、山寺だ。

「北崎さん。体調は、もう?」

 山寺が問うた。

「三時間近く眠らせてもらいましたので、万全ではありませんが、ええ。それよりも私の周りの人たちですよ。皆、ぼろ雑巾みたいになってますけど」

 仮眠明けの春菜と違い、出ずっぱりの中村以下は、明らかに疲労困憊だった。佳世など、この瞬間にも頭をぐらぐらとさせている。

「どうでしょう。この人たちにはお引き取りいただいて、私とお二人とで進行しませんか?」

 全員がびくりとした。「北崎春菜劇場」の始まりだった。いくら眠かろうと、これでは途中退出などできなかった。

「ほぼ突っ立っていただけのやつが、好き勝手を言う、とあきれた向きもいらっしゃるかもしれませんが、とんでもない。私は私で、プロットどおりに試合を進めるため、試合の後、寝込んでしまうほどに神経をすり減らしていたんですよ」

「どのようなプロットだったのでしょう?」

 目を輝かせる基佳に、春菜はうなずいてみせた。

「テーマは、いかにしてシェリルを無力化させるか、でした。第三クオーターを例に挙げるまでもなく、シェリルがプレーに関わることのできるポジションにいると、こちらはバスケにならないんですよ。よくスポーツの世界では歴代最高の、選手は、チームは、みたいな論議が湧き起こったりしますね。ですが、女子バスケに関しては、そんな論議は絶対に起こりません。なぜなら、シェリルが圧倒的に優れているからです。一〇〇〇年たっても、あの人を超えるプレーヤーは出てきてないでしょうね」

 言葉を切った春菜は、用意されていたミネラルウオーターのペットボトルを口にした。

「で、それほどのシェリルを、なんとかしてプレーに関わらせないようにしなくては、と考えた結果が、あれです。私がおとりになって、シェリルをくぎ付けにしておく、という。史上最高のプレーヤーと史上最高の大型プレーヤーはシェリルの兼任ですが、では、史上最高の小型プレーヤーは誰か、といえば、かく言う私です。私を抑えるためには、シェリルが来るしかないんです」

 ヒントとなったのは第二次強化合宿だった。アメリカに赴き、ミーティア、エンジェルスとプレシーズンゲームを戦って、共に全日本はたたきのめされた。原因は、明白だ。両チームの擁する常軌を逸したプレーヤーの存在であった。

「この人たちが美鈴さんに全くかなわないんですよ。面白いぐらいに、ぽこぽこ、シュートを入れられて」

 立ち上がった春菜が、全日本のチームメートたちを、一人、一人、指さしていく。当事者の美鈴とエンジェルスに合流していた身で無罪の静は、当然、飛ばされている。

「仕方ありません。美鈴さんを止めるには、私が付くしかないのですが、それは、すなわち、チームの絶対的な核が、本来、あるべきポジションにいない、という悩ましい事態を引き起こすわけで。実際、私が動いたことで生じた隙をアリソンに突かれて、全日本はミーティアに負けましたし」

「その際の図式を、決勝戦に当てはめたんですね!?」

「そうです。そうです。幸い、あの人は私を『機械仕掛けの春菜ハルナ・エクス・マーキナー』なんて呼んで、ものすごく買ってくれてますので。きっと食い付いてくる、と思ってましたよ」

「途中、シェリルに代わってアリソン・プライスとゲイル・トーレンスが来たでしょう。あれも、プロットにあったの?」

 山寺の問いである。

「もちろんです。四対四の戦いなら全日本に分がある、と私は読んでいましたし、追い込まれたアメリカは、あの作戦を選ばざるを得なくなる、とも読んでいました」

「シェリルが足をつらせたのは?」

 当代の全日本は、オーストラリアのレイチェル・コックスをして、サーカスのような、と評せしめたハンドリングの達者たちがそろっている。いくら史上最高の名手といえども、その全日本を相手取って、さらには一人少ない不利な条件下で、戦線を長く維持し続けられるものではない。早晩、つぶれる。「Ms.Basketball」は、最後に、これが狙いだったのね、と言った。これが、狙いだった、と「至上の天才」は答えた。そう。全てはプロットのとおりに進んだのだ。高らかな春菜の宣言であった。

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