第三六五話 祭りばやし(二四)
メダル授与式を見届けた孝子たちは、直ちに行動を開始した。尋道の読みどおり、バスケットマンたちは動きを見せない。一気に駐車場に出ると、懇親会に呼ばれているので、同行はここまでになる尋道に見送られて、三人は高鷲重工本社を後にした。手を振る尋道に那美があかんべえをしていたのは、懇親会に連れていけ、とねだるも拒絶されたためであった。
鶴ヶ丘に戻った孝子は一直線に自室に向かった。興奮冷めやらぬ麻弥は、ぶつぶつと言っていたが、無視である。午前一時起きなのだ。さすがに眠かった。中村と広山の顔を見た。アメリカの美挙を見た。素晴らしい一戦だった。早起きしたかいはあったといえる。満足した孝子は安らかに眠りに落ちた。
どれくらいの時間がたったのか、それは定かではなかった。呼ばれた、ような気がして、孝子ははっと覚醒した。枕元には那美がいた。腕にロンドを抱えている。
「呼んだ?」
「呼んではないんだけど。わんわんに、ケイちゃんを起こして、って頼んだら一緒に寝ようとしたから叱った」
「今、何時?」
「九時」
睡眠時間は一時間強といったところだ。これ以上は、この後の生活に差し支えが発生する可能性がある。ころ合いといえた。孝子は起き上がった。
「麻弥ちゃんは?」
「帰った。ケイちゃんが寝て、少したったぐらいに。急に眠くなった、って」
麻弥とて孝子と同じスケジュールで動いていたのだ。そうなるのが自然だった。
「那美ちゃんは、寝たの?」
「少し」
「そうだ。起こそうとした、ってことは、何か用だったんでしょう?」
「お母さんたち、帰ってくるって」
美幸はみさとを引き連れ、舞浜市が主催するパブリックビューイングに参加していた。
「時間、だいぶかかったね」
「忙しかったみたいだよ」
全日本の主力の一人といっていい神宮寺静の母親だ。祝福の嵐にさらされたのだろう。忙しくもなるはずだった。
「お疲れになってなければいいけど……」
孝子の予想は、望ましくない方向で的中した。帰宅した美幸は、はっきりと顔に疲労がにじみ出るほどのやつれぶりであった。
「おばさま! しっかり!」
「眠い。気持ち悪いぐらい眠いの」
「もう、美幸さまったら、帰りの車の中でぐらい寝たらよかったのに、必死で起きてるんだよ」
こちらは疲れ知らずで、艶々としたみさとだ。
「こんな時間に寝たら、起きるのが夕方になっちゃうでしょう」
「一二時になったら、容赦なくたたき起こします。寝ましょう。寝ましょう」
美幸を寝室に放り込んだ後、孝子とみさとはLDKに戻った。
「そういえば、他の二人はどした?」
「麻弥ちゃんは、眠い、って帰った。郷本君は、桜田大の懇親会だかに呼ばれて、そっちに」
「了解ー。よし、ロンちゃん。お姉ちゃんと遊ぶぞ」
みさとは那美と戯れているロンドの下に向かう。
「元気ね」
ロンドと一緒になって跳ね回るみさとに、あきれ返った孝子の声だ。
「これぐらい、余裕だって。そっちは、どうだった?」
「重工体育館?」
「うん」
「すごい人出だった。重工の会長さんとか大手の役員とか、スポーツ省の大臣も来てたみたい」
「えっ!? あいさつした!?」
「私たち、市のパブリックビューイングに行ったていになってたでしょう。顔なんて出せないよ。郷本君は、あいさつした、って言ってたけど」
「こっちは、せいぜい舞浜市の市長だったしなあ」
みさとは無念そうに、しばらくぼんやりだった。
「次は、多分、黒須さんも、そこまで力こぶは入れないよね。レザネフォルに、みんなで行かない?」
次回のユニバースはレザネフォル市が、その舞台となる。
「賛成!」
那美が立ち上がった。
「レザネフォルか。アートの家に泊めてもらえたら、なんとかなるかな、任せていい?」
「任された。ああ。そうだ。四年後の話もいいけど、取りあえずは、今日のお祝いをしないと。正村は、こっちの家でしょう?」
「うん」
「郷さんの行った懇親会、っていつごろまでやるんだろ?」
「さあ。スタートは一〇時、って言ってたけど」
「夕方なら大丈夫だな。電話しておこう」
みさとはスマートフォンを取り出した。
「予約入れておかないと、あの人、直前に呼んでも来ない可能性がある」
やがて、つながったようで、みさとは祝勝会について、べらべらと始めた。




