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未知標  作者: 一族
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第三六四話 祭りばやし(二三)

 孝子とて木石ではない。全日本の勝利の瞬間には、隣に座っていた麻弥と抱き合った。続いて、尋道、那美、と巻き込んで、はしゃぎ回る。万歳が起これば、合わせて万歳だった。

 スクリーンに基佳が映った。涙で顔がぼろぼろになっている。インタビューを行うようだが、ひどい鼻声だ。

「あいつ、昨日もあんなだったぞ」

「そういう麻弥ちゃんなかなかのものだよ」

 からかった孝子も、すぐに麻弥の同類に成り果てた。目を真っ赤にした中村がスクリーンに登場したのだ。中村の口を突いて出てきたのは、やはり、一年前にアジア選手権で喫した敗北についてだった。バスケットボールを愛する多くの人々を裏切った身だ。責任の重さにおののきを覚え、一度は辞意を固めた、つまり、逃げようとした身だ。慰留を受けて翻意し、ここまでたどり着くことはできたが、私は何もしていない。全ては選手とスタッフ、そして、支え、応援してくれた方たちの功であり、勝利である。心から、おめでとう、と言いたい。そして、ありがとう、と言いたい。

 勝利の余韻が残る場には、少し堅過ぎたかもしれない。基佳も、いつの間にか涙が収まって、背筋がぴんと伸びている。ともあれ、かつての敗軍の将の、堂々たる立ち居振る舞いであった。

 次で、場はぱっと明るくなった。春菜の登場だ。

「北崎さん!」

「小早川さん。今日も、すごい顔ですね。せっかくの美形が台無しですよ。お化粧、直してきてはいかがですか?」

「私の顔なんて、どうでもいいんです。それよりも、ゴールドメダル、おめでとうございます! 見事な、見事な、勝利でした!」

「ありがとうございます。この勝利を一番に報告したい方たちがおられるので、小早川さん。マイク、いいですか?」

 春菜は基佳の手からマイクを取った。

「あいつ、何をするつもりだ?」

 嫌な予感がするのだろう。麻弥の声は硬い。

「連盟の黒須会長、高鷲重工さん、アストロノーツの木村部長、ケビンヘッドコーチ、選手の皆さん、そして、桜田大男子バスケ部の衣笠さん、野上さん、五木さん、石澤さん、増田君、小野君、雪吹君」

 なんと、春菜は「中村塾」を支えた功労者たちを、一斉に呼び上げた。拍手とうなるような歓声が階下で湧き起こった。何人かはこの場にいるはずで、ひときわの大声に、見ると名前は忘れたが、桜田大男子バスケ部の誰かの姿だった。

 黒須の強力なリーダーシップ。高鷲重工の物心両面の支援。エースの瞳を迷うことなく「中村塾」に派遣した木村とケビンの決断。練習パートナーを務めてくれたアストロノーツと桜田大男バス勢の貢献――。それぞれ大いに称揚した後の結びは、こうきた。

「これだけよいしょしておけば、さぞ皆さん、鼻高々で、志にもたんと色を付けてくださるでしょう。ウフフフフ。期待してますよ。私をがっかりさせないでください」

 春菜はどこまでも春菜であった。

 インタビューは、ここまでだ。メダル授与式の設備のため、選手たちは、いったん、アリーナを後にしなければならない。スクリーンでは試合のリプレーをバックに実況氏、解説氏による総括が始まった、ようなのだが、よく聞こえない。重工体育館のアリーナは一気に弛緩して、喧噪に満ち満ちている。

「メダルの授与式を見たら、後はどうする? 下の人たちの帰りと重なったりしたら大変そうだけど」

「大丈夫でしょう。一〇時に、新舞浜駅ターミナルビルのホテルで、下の人たちの懇親会があるんですよ。今、六時でしょう。行っても、まだ会場は開いてませんし、皆さん、当分は、ここにとどまっていると思いますよ」

 麻弥の問いに応えたのは尋道だった。

「なので、普通に動いて大丈夫です」


 トーナメント形式で争われたメダルの授与式は、時に、印象的なコントラストを見せる。それは、ゴールドメダルとブロンズメダルが勝者に与えられるメダルである一方、シルバーメダルは敗者に与えられるメダルであるからだ。表彰台に登る三チームで、勝者は全日本とオーストラリアを撃破したスペイン、敗者はアメリカだった。

 自らと勝者をたたえ、晴れやかにシルバーメダルを受ける敗者ばかりではない。露骨に不満を表し、授与を潔しとしない敗者が現れることだって、ままある。果たして元王者たちは、どのような敗者の顔を見せるだろうか。

 アリーナに選手たちが帰ってきた。先頭を切って入場する全日本が笑顔なのは当然だろう。二番目はアメリカだ。皆、笑っている。大手を振って歩いている。始まった授与式でも、彼女たちは陽気だった。スペインがブロンズメダルを受けたときは大いにはやしたて、自分たちがシルバーメダルを受けたときの笑顔はすがすがしかった。全日本がゴールドメダルを受けるときには、表彰台の一番上に乗り込んでくると、彼女たちの腕を掲げて勝ち名乗りを上げさせてさえみせている。

 後にアメリカの複数の選手が語ったところによると、全てはシェリルの鼓舞によるものだった。連覇が途切れ、アメリカは打ちひしがれていた。なんの面目があって授与式に臨めるか、と息巻く者もいた。そんなチームメートたちに彼女は語り掛けたという。

「かつての私たちがそうであったように、勝者は正しく敬意を表されなくてはならないわ。それに、私たちが敗れたのは、世界最高の名手を擁する素晴らしいチームよ。何も恥ずべきではない。胸を張ってセレモニーに臨みましょう」

 メダル授与式でのアメリカの振る舞いは、理想的な「グッドルーザー」の姿として、世界中から喝采を浴びることとなった。偉大なる「Ms.Basketball」は、元王者となったアメリカの名誉を救ったのであった。

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