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未知標  作者: 一族
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第三六三話 祭りばやし(二二)

 後半、第三クオーターの開始と同時にアメリカが動いた。春菜にはアリソンとゲイルを付け、シェリルがボールサイドに向かう。春菜の脅威を認め、その対策に重きを置きつつ、反攻のためには数的不利を押してでもシェリルを使わざるを得ない彼女らなのだ。苦渋の配置であり、同時に、シェリルに対する、この上ない信頼の証しを示す配置でもあった。

 そして、これが、効いた。シェリルが縦横無尽の躍動を開始するや、全日本の勢いは完全に止まった。それどころか押し戻されだした。シェリルの存在感に浮足立ったのか、全日本はしゃにむに攻撃を繰り返すばかりになっていた。

 白熱する戦況とは裏腹に、プレーと縁遠い場所でのほほんとしているのが春菜だ。アリソンとゲイルに、しきりに話し掛けては嫌な顔をされている。

 じりじりとアメリカは追い上げてきた。第三クオーター終了までに一二点詰められ、全日本のリードは一桁の九点だ。六一対五二。日本放送公社の解説氏がうめくのを聞くまでもなく、なんとかしなければならない状況であった。

「なんか、お前の言ったとおりになりそうなんだけど」

 麻弥が手にしてた缶を床に置いた。飲み終わった後も第三クオーター中、握り締めていたものだ。アルミニウムのそれは、少しへこんで、いびつな形となっている。

「一般論として言っただけなんですが。さすがアメリカ、さすがシェリル・クラウス、といったところですね」

 尋道の声には張りがない。眼下の一階も静まり返っていた。誰もが不吉な兆しを、確かに、感じているに違いなかった。

 最後のインターバルが終了した。今度は全日本が動いた。ついにコーナーを離れた春菜がプレーに加わったのだ。当然、マークにはシェリルが来る。

 全日本の攻撃としては初めての五対五だったが、アメリカに渡った流れは、やはり、変わらなかった。春菜がポイントガードを担っての猛攻も、シェリルにはじき返されてしまう。とうとう点差は、たったの一点、となった。

「春菜、頼むよ」

 か細い声は、ほとんど泣き声だ。手を合わせてスクリーンを凝視する麻弥の横で、三人も生気を失って、無言である。

 性懲りもなく、と大方の者にの目には映っていただろう。何度目になるか。全日本は、また、春菜だ。対峙から抜きに掛かった、その時であった。シェリルの動きがおかしかった。春菜の動きに付いていけない。右足をかばっている。おそらく足がつったようだ。即座に春菜はプレーを止め、その旨をレフェリーにアピールしている。試合が止まった。もしも、筋肉系の故障であれば、試合中の復帰は難しかろう。難敵の負傷、という僥倖に全日本は恵まれたのか。

 右足をかばいながらベンチに向かっていたシェリルが、はたと振り返った。春菜に向かって、何かを語り掛けている。春菜はうなずき、こちらもシェリルに何かを返した。数瞬にわたった視線の交錯の後、両者は互いを視界の外に追いやった。

「もしかしたら」

 両者のやりとりを見た孝子にはひらめくものがあった。

「どうしたの、ケイちゃん?」

「おはる、シェリルが足をつるように仕向けてたのかも」

 守備時の劣勢を覆すため、第三クオーターのシェリルは、相当に激しく動き回っていた。存分に消耗させた、と見計らったところで、春菜は自らとどめを刺しに行ったのではなかったか。どうも、そんな気がする孝子だった。

「え。じゃあ、むちゃに攻めてたのは、それを見越してか!? 第三クオーターの全日本の動きも、伏線だったのか!?」

「そう、かも」

「麻弥さんが元気になった。さっきは泣きべそかいてたのに」

「かいてない」

「いや。かいてた」

 にらみ合いに、尋道が分け入ってきた。

「那美さんは前半にいびきをかいてましたし、おあいこでいいじゃないですか」

「かいてないよ」

「かいてたよ」

「いずれにせよ、全日本にとっては、またとない好機ですね。今は応援しましょう」

「うん。そうだね。真相は、もっさんが聞いてくれるかな」

 試合が再開した。絶対者の去ったコートで、遅ればせながら「中村サーカス」が開演だ。アメリカも食い下がるが、スリーポイントシュートの破壊力で分がある全日本が走りだす。

 残り時間が二分を切ったあたりで勝負あった。七八対六五、一三点差は、この日の全日本の調子から勘考して、もはや追い付けない差、とアメリカが諦めたらしいのが、孝子たちの目にも明らかだった。

 淡々と時間は過ぎて、試合は終わった。最終結果は八一対六九となった。全日本の勝利だ。

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