第三六一話 祭りばやし(二〇)
試合開始まで一分強となった。バルシノ・アレナに最後のブザーが鳴り響いた。ウオーミングアップを終えた選手たちがチームのベンチへと戻っていく。スクリーンに向かって左のベンチが全日本、ユニフォームの色は瑠璃色で、右のベンチがアメリカ、ユニフォームの色は白となっている。
全日本のスターティングメンバーは、こうだ。
ポイントガード、背番号「12」、レザネフォル・エンジェルス所属、神宮寺静。
シューティングガード、背番号「11」、サラマンド・ミーティア所属、市井美鈴。
スモールフォワード、背番号「9」、舞浜大学所属、北崎春菜。
パワーフォワード、背番号「6」、高鷲重工アストロノーツ所属、武藤瞳。
センター、背番号「4」、ウェヌススプリームス所属、広山真穂。
世界二位のオーストラリアも、世界三位のスペインも、この五人が突破口を開き、打ち勝ってきた。王者に先鞭をつけるのも、この五人以外には考えられなかった。
対するアメリカは、ここまで一度として同じラインアップがない。圧倒的な層の厚さを誇る王者故の業だが、さすがに今回は最高の顔ぶれをそろえてきた。といっても、それさえ初めてのラインアップなのだ。王者はどこまでも王者であった。
ポイントガード、背番号「6」、サラマンド・ミーティア所属、アリソン・プライス。
シューティングガード、背番号「5」、シアルス・ソア所属、ゲイル・トーレンス。
スモールフォワード、背番号「7」、レザネフォル・エンジェルス所属、アーティ・ミューア。
パワーフォワード、背番号「11」、ロザリンド・スプリングス所属、グレース・オーリー。
センター、背番号「9」、レザネフォル・エンジェルス所属、シェリル・クラウス。
ポイントガードのアリソン・プライスと、シューティングガードのゲイル・トーレンスは、共に三四歳のベテランである。ユニバースには、過去、三回の出場経験があり、いずれの大会でもゴールドメダルを獲得してきた。五回出場、ゴールドメダル五個の大ベテラン、シェリル・クラウスと合わせれば、ほぼ一チーム分の「黄金のきらめき」を三人は保有している計算になる。押しも押されもしないアメリカの中枢たちに絡むのは、身体能力抜群の若手、スモールフォワードのアーティ・ミューアとパワーフォワードのグレース・オーリーだ。いずれも、それぞれのポジションの最高峰と称していい名手たちだった。シェリル、アーティ、グレースのフロントコートは強く、アリソンとゲイルのバックコートは堅い。その布陣に隙は見当たらなかった。
放送を担当する日本放送公社の解説氏は、「飛び道具」の精度が勝敗の鍵を握る、と分析している。全日本の持つ「飛び道具」とは、「中村サーカス」と呼ばれるボール回しと全員がロングレンジを狙えるシュート力を指す。
試合が始まった。ティップオフを制したのはグレースだったが、こぼれたボールは静が保持した。全日本の攻撃である。
と、次の瞬間だ。スクリーン上には奇妙な光景が映し出されていた。アメリカ陣内へと全日本の四人が攻め入る。一人足りない。春菜だ。のっそりハーフラインとサイドラインが作るコーナー付近に移動した。他の四人は春菜と逆のサイドに展開している。かねての宣言どおり、「機械仕掛けの春菜」に相対してきたシェリルの視線は、あちこちへと流動している。なんのつもりなのか。戸惑っているのだ。
春菜とシェリルが蚊帳の外にいる攻防の第一幕は、全日本が制した。美鈴のスリーポイントシュートによる三点である。突っ立っていた春菜が動いた。するするとエンドラインに近づいていき、グレースが無造作にスローインしたボールを横合いからかすめ取ると、静に渡し、自分はコーナーに戻っていった。ディフェンスには参加するが、オフェンスには関知しないのか。四対四を眺める両チームの大黒柱という奇妙な構図の再現であった。
美鈴のシュートタッチがいい。二本目のスリーポイントも沈めてみせた。春菜が動きだす。今度はアメリカも警戒して慎重なスローインだ。ようやくアメリカの攻撃となるかに思われた。そこに、静と春菜だ。ボールを運ぶアリソンに迫った。LBAのスティール王と「至上の天才」のダブルチームでは、さすがのアリソンも厳しい。奪取されたボールは美鈴に託され、三連続のスリーポイント成功となった。
一方的に打ち込まれて、いよいよアメリカも本腰を入れてきた。重厚な攻めで二点を返され、全日本の攻撃に移る。アメリカはベンチの指示が出たらしい。シェリルを引き付ける作戦らしいが、なんのことやある。相手にしなければ済む話ではないか。定位置に付いた春菜は無視され、四対五が始まった。
切り込む、と見せ掛けた静が、転身してボールを放った先は、はるかかなたにたたずむ春菜だ。受けた春菜は、そのままシュートを放った。低い弾道の超長距離砲がゴールの中心を射抜いた。
直後だった。春菜は、シェリルを指さし、次いで、手招きをしてみせ、最後に、自分を指さした。笑っていた。私に付け、とアピールしているのである。ふるっていた。
「ああ」
麻弥がうめいた。
「おとり作戦、うまくいきそう」
「麻弥さん。何か聞いてるの?」
「うん。シェリルだけは、どうにもできないから、自分が引き付けて、他の四人で勝ってもらう、って春菜が」
「おお。すごーい。フリーにしたら、今のを決めちゃうぞ、って?」
半信半疑、だったのだろう。アメリカは、この後も、春菜を無視ないしはシェリル以外のマーカーを付ける、という挙で乗り切ろうとしたのだが、「至上の天才」には通じなかった。超長距離砲をたたき込まれ、マーカーはきりきり舞いさせられ、結果は重い二〇点のビハインドだ。自らのそばに戻ってきたシェリルに、春菜が何やら話し掛けている。それ見たことか、とでもほざいているだろうか。表情の対比を見るに、どうも、そうであるようだった。




