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未知標  作者: 一族
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第三六〇話 祭りばやし(一九)

 一日たって、二日たって、三日たった。今日、正確には翌日の明け方だ。全日本女子バスケットボールチームとアメリカ女子バスケットボールチームの一戦が行われる。

 まずは全日本である。

「私たちは決勝トーナメントでアメリカと同じ山にならない限り、シルバーメダルまでは確定しているチームです」

 春菜の予言どおり全日本は、準々決勝のトルコに続き、準決勝ではスペインを連破して、決勝の舞台に歩を運んだ。大一番になると思われたスペイン戦も、全く危なげなく終えている。開催国に対する熱狂的な声援だって、どこ吹く風であった。

「関係各所の協力の下に、才能のある者たちが一堂に会して、本当に長い時間を過ごしたんだ。当然の結果としか表現のしようがない」

 あまりにも急激に強くなり過ぎた感のある全日本について、会見で問われたヘッドコーチの中村が言い放ったせりふだった。

 一方のアメリカはベルギー、オーストラリアを粉砕して勝ち上がってきた。

 準決勝の相手であるオーストラリアは世界二位だ。アメリカに次ぐ地位にある。だが、この順位付けは、アメリカの次に強いと思われるチームがオーストラリア、というだけのものに過ぎなかった。その実力差は全く加味されていない。いわゆる相対評価だった。絶対評価であれば、一位と五位ぐらいの差がある。ベルギーであれば、一と一〇ぐらいか。アメリカが敗れる理由はなかった。

 午前三時半。日本バスケットボール界における、世紀の一戦を観戦するため、孝子は高鷲重工本社に車を乗り入れた。結局、観戦会に参加することにしたのだ。同乗者は麻弥と那美である。みさとは美幸の随行で不在だった。あとは重工体育館入りの手配を任せた尋道が現地で合流する。

「明るくない? あと、車、多くない?」

 煌々とした照明のおかげで駐車場の全容が見渡せる。こんな時間とは思えない混雑ぶりだ。空いたスペースを見つけるのも一苦労だった。

「いつも、こんなに明るいのかな」

「今日だけだろ」

「あ。ちょっと。中継車が来てるじゃない」

 孝子が指した方向には、日本放送公社をはじめとした中継車の群れがあった。さすがは重工の巨人、黒須の主催といったところか。

「帰ろうかな」

 せっかくの空きを、孝子は通り過ぎようとする。

「こら! 戻れ!」

 麻弥の叱声が飛んだ。渋々と孝子は車をとめた。

 体育館北側エントランス前では、尋道が待っていた。

「おはようございます」

「おはよう!」

 ひときわ大きな声は那美だ。

「朝からお元気で」

「郷本君は、朝はどうしたの?」

 睡眠不足に極端に弱い彼が、未明の開始となる今日の試合を、どう迎えたのか、孝子は気になった。

「ホテルに泊まりました。昨日は九時ごろには寝て、起きたのはついさっきですので、大丈夫ですよ」

「ホテル! なんで誘ってくれなかったの!」

 那美が奇声を上げた。

「なんで誘わないといけないんですか」

「面白そう。ホテルに興味ある。ディナーとか」

「残念ですが、素泊まりでした」

「それでもいいよ。こちとら午前一時には起きて、朝ご飯だ、身支度だ、ってやってたのに」

「ご愁傷さまです。僕は午前三時まで寝てました」

 落ち着いたところで、一行は体育館に入った。騒がしい。相当数の人の気配だ。発生源はメインアリーナのようである。

「人、多そうだね」

「のぞいてみますか?」

 メインアリーナをうかがって、孝子は仰天した。壁際には見たこともないような超大型のスクリーンが据えられていた。白の「巨壁」と称していい。「巨壁」の前には、ずらりと椅子の列だ。八割方が埋まっている。とにかく、ものすごい数の人だ。ごった返している。先に見た中継車の乗員たちであろう者たちの姿も多数いた。

「桜田のバスケットマンたちが集結しています。重工の会長さんに大手の役員に、スポーツ省の大臣もいらっしゃいましたよ。すごいですね。このお歴々を迎えるホストとあっては、黒須さんも周りに気を配っている余裕はありません。いきなり、来る、と言われて、どう神宮寺さんを隠そうか、と思案してましたけど、これなら大丈夫です」

 黒須は虫が好かない孝子なのだ。

「では、行きましょう」

「あいさつしなくていいのか?」

「僕はもう済ませてます。皆さんは市のパブリックビューイングに行った、と伝えてますので必要ありません」

「詐欺師」

「神宮寺さん、いらっしゃってます、と言ってきましょうか」

「やめて」

 尋道が三人をいざなったのは二階席の最上段だった。照明が届き切らずに暗い。スクリーンに正対する位置に一行は腰を下ろした。

「ここ大丈夫か? 気付かれない?」

「最前列からは、ほぼ見せません。雪吹君に確認してもらいました。彼、視力は抜群だそうなので、彼が見えないのに初老の男性が見えるはずありません」

「本当に悪い男」

「そんなに告げ口をされたいんですか」

 二人が横目に視線を交わしたときだ。超大型スクリーンへの映写が始まった。ここまでのユニバースにおける日本人選手の活躍をまとめた番組間のつなぎだった。音量が絞られていることもあって、誰も注意を払っていない。

 試合開始の午前四時までは、残すところ一五分である。

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