第三五九話 祭りばやし(一八)
一〇年来の親友同士の不協和音は、翌日には解消した。昼前のひととき、孝子が「新家」の那美の部屋でロンドと戯れていたときだ。ぴくりとロンドが反応を見せた。腰高窓の外に興味を示しているようだ。
「犬、飛びたいの?」
「ケイちゃん! なんてことを言うの!」
程度の低い冗談を叱られ、孝子は苦笑だった。
「誰か、来たんだよ」
「どれ」
窓を開けると、まさに、斎藤みさとが車の出入り用の電動ゲートを操作しているところだった。
「怪しいやつめ」
孝子の声に反応して、みさとが手を上げた。
「おいっす。車、今日、納車だったよ。驚かせようと思って行ったら、こっちだって聞いて」
「外の、すごい色の車?」
神宮寺家の西門の外には、派手なマリンブルーの車がとまっている。
「舞姫のチームカラーだよ」
電動ゲートが開いた。車がぬっと動きだした。誰か、乗っていたようだ。
「行くよ」
「あいよ」
「斎藤さん?」
声でわかったのだろう。那美が問うてきた。
「そう。車、買ったんだって」
「お。見てやる。わんわんは、ここにいてね。お外、暑いから」
ロンドを部屋に残して、孝子と那美は階下に下りた。庭に出ると、車のそばにはみさとの他に麻弥がいた。車を運転していたのは麻弥だったようだ。
「叱っておいたんで、仲直りしろー」
みさとの大声だった。
「叱られたの?」
ちらりと麻弥を見た。
「……うん。仮眠を取らないと持たないような軟弱者のくせに徹夜をするんじゃない、って。丸一日プラス夜までしっかり起きてて、初めて『一徹夜』が認められるんだって、さ」
みさとらしい言い草ではあった。同時に、これは和睦の勧奨でもあるのだ。ばつの悪そうな麻弥の様子を見て、孝子は矛を収めることにした。
「麻弥ちゃん。変な人に絡まれたね。お察しします」
「ああ。孝子。昨日は、早めに寝て、起きて、バスケ見たよ。こっちこそ、心配させちゃって、ごめん」
未明に行われた全日本対トルコだ。全日本が勝利している。
「そのほうがいいよ。私たちは、どこかの誰かさんと違って、普通の人なんだし」
「私で落ちを付けるんじゃないっての!」
哄笑だった。これで、終わり、である。
そこに美幸が顔を出した。
「あら。派手な車」
「美幸さま。私、多分、受かりましたよ」
みさとの税理士試験は昨日までであった。自己採点が良好だった、と胸を張っている。
「あなたなら、当然、そうでしょう。お祝いは正式の発表まで待ちましょうね。今日は、その報告に来てくれたの?」
「いえ。この車、今日、納車だったので見せびらかしに。しかし」
と、みさとの視線が「本家」に向いた。家財道具の持ち出しは完了し、中は空っぽの状態だ。
「もう解体が始まってるかと思ったら、まだ健在ですね」
「来たり来なかったりよ。移設って、いろいろと手間みたいね」
「そうでしたか。あ。それと、美幸さま。launch padの駐車場に充電スタンドを設置させていただけませんか? お金は出します」
「あら。その車、EVなの? それなら、この前のミニチュアだと再現されてなかったけど、体育館の屋根に太陽光パネルを載せるのよ。そこから引き出す形で二基は設置する予定だけど、取りあえず、それで様子見してみて。足りないようなら追加していきましょう」
「おおー。さすが、抜かりはありませんね。それでお願いします。そうそう。別件だけど、明日、あさって、しあさって、で三連戦じゃない?」
くるりとみさとが孝子のほうに顔を向けた。
「何が?」
「全日本の準決でしょ。サッカーの三位決定戦。全日本の決勝で、三連戦よ。集まろうよ」
「各自でいいんじゃない?」
「おい」
「……いいわね。楽しそうで」
嘆息は美幸だった。今、舞浜市では、ほぼ連日のようにユニバースを応援するパブリックビューイングが催されている。有望な競技者だけを挙げてみても、全日本女子バスケットボールチームの神宮寺静、須之内景、U-23サッカー日本代表チームの佐伯達也、奥村紳一郎らがいる。これら「郷土の星」の関係者の一人として、美幸は全日本の試合のたびに市の招待を受けているのだった。近隣では分限者として知られた神宮寺家の当主だ。この手の誘いは拒絶しにくい。
「今朝も行ってきたよ。次の開催はレザネフォルだったわね。もし次も静が出るなら、チケットが取れなくても、絶対に向こうに行く。ユニバースの間は帰ってこない」
そこまで言うのだ。パブリックビューイングへの参加も、なかなかの労苦らしい。
「あらら。そんなことになってたんですか。あんたや那美ちゃんは何してるのさ。ご一緒してないんかい?」
「誘わない。孝子さんが、あまり夜に強くないのは知ってるし。……那美を、ああいう公の場に連れていくのは、ちょっと、だし」
「ごもっともです」
「お母さんも、斎藤さんも、どういう意味!?」
「皆まで言わせるでないわー!」
みさとと那美の取組が勃発だ。全員、失笑しかない。
「じゃあ、こうしませんか。サッカーは、こちらに集まらせていただいて。で、パブリックビューイングには、私、ご一緒しますよ。準決と決勝、どちらとも」
那美との組んずほぐれつを終えたみさとが言った。
「ありがたいけど、いいの……?」
「はい。将来のビッグクライアントさまのためですもの。お任せくださいな」
「あ」
ここで、麻弥だった。
「バスケの決勝、重工体育館で観戦会がある、って郷本に誘われたんだけど。どうしよう」
「行ってらっしゃい」
「うん。お前は、黒須さんと鉢合わせしたら面倒だし、誘うな、とは言われている。でも、そしたら、私、一人か……」
「じゃあ、麻弥さん。私が一緒に行ってあげよう」
ずいと出た那美に、麻弥の表情が固まった。
「麻弥ちゃん。もし連れていってくれるのなら、言うことを聞かないときは、遠慮しないでひっぱたいて」
美幸の声は迫真だった。受けた麻弥は天を仰いでいる。思わず孝子は噴き出していた。苦労性の親友とカラーズの誇る詐欺師に、神宮寺家の暴れん坊が加わるなら、見てみたい取組ではあったが。どうしたものか。




