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未知標  作者: 一族
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第三五八話 祭りばやし(一七)

 翌朝だ。LDKには、また麻弥がいる。攻撃を仕掛けようとして、孝子は眉をひそめた。麻弥め、ソファにふんぞり返って生気がない。

「どうしたの? 調子悪いの?」

「……違うよ。サッカー、負けた」

 駆け寄りかかっていたものだ。思わず舌打ちである。途端に麻弥が跳ね起きる。

「なんだ、それ」

「なんだ、それ、じゃないよ。心配したら、くだらない」

「何が、くだらない、だよ」

「くだらないからくだらない」

「……もう。なんで、お前って、そう、つれないんだよ」

 あきれ果てた、という麻弥の声色である。

「今更、何を。一〇年も前にはわかっていたでしょうに」

 しばし、にらみ合いだ。

 やがて、

「また寝てないんでしょう? さっさと寝たら?」

 孝子は言い放った。

「言われなくても寝るよ」

 麻弥も突き返してくる。LDKを出ていく際の、乱暴な扉の開閉で、どん、と家中に振動だ。

「あの、ばか」

 追い掛けようとしたが、やめた。これこそ、くだらない。朝食は取りやめて自室に戻った。身だしなみを整えると、麻弥には何も告げずに外に出る。愛車に乗り込んでも、すぐには発進させず、瞑想だ。運転をするには、ふさわしい心身の状態がある。いきり立ったままでは、事故を起こしかねない。

 五分ほどたって、孝子は車を出した。鶴ヶ丘に行くと決めた。ロンドと遊ぶ。考査の開始を境に、少しご無沙汰であった。泊まりがけで構い付けてくれる。

 神宮寺家の敷地に乗り入れると、那美がロンドを抱えて立っていた。隣には美幸もいる。隆行は、既に出勤したようだ。車が見当たらなかった。

「本当に孝子さん、来たのね」

 ほーっ、と美幸は何やら感嘆の気配である。

「どうなさったんですか、おばさま」

「那美が、孝子さんが来る、って騒いで。まさか、って思ったんだけど。本当に」

「わんわんがそわそわしてた。だいぶ遠くでもわかるみたい」

 那美が胸を張る。

「車の音かな」

「いや。わんわんがそわそわしだしたのって、二〇分ぐらい前だよ」

 そこまでいくと単なる偶然だろう。二〇分前といえば、海の見える丘を出たか出ないか、ぐらいだ。しかし、力を込めて否定に掛かるようなことでもなかった。孝子は軽く受け流した。

「ところで、こんな朝早くにどうしたの?」

「犬と遊びに来たんだよ」

「本当にー?」

「どうして?」

「普段は、全然、気がない感じなのに、いきなり。それに、早過ぎ。まだ、七時前だよ。いつも、こっちに来るのって、だいたい一〇時ごろなのに」

 そのとおりだ。確かに、不自然な早さの到着ではあった。

「……那美ちゃんは、ユニバース、見てる?」

「見るわけないよ。あんな遅い時間にやってるのに」

「麻弥ちゃんは、最近、ずっと徹夜で見てるよ。今朝、ぐったりしてて、とうとう体調を崩したのかと思ったら、サッカー負けた、とか言って」

 那美、げらげらと笑う。

「それでケイちゃんが怒ったんだ」

「そう」

「麻弥ちゃん、そんなにスポーツを熱心に見るのね。あまり、イメージなかったわ」

「知った顔が出てる、っていうのもあると思います。女子バスケには静ちゃんたちがいますし、男子サッカーには佐伯君とか、奥村君とか」

「そういえば、ケイちゃんは見てないの?」

「見てない。生活のリズムを崩してまで、やることじゃないよ」

「カラーズの社長さんなのに冷たいなー」

「バスケ部の応援に行かなかった人に言われたくないなー」

 本来であれば那美は、全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会に出場する鶴ヶ丘高校女子バスケットボール部の一員として、遠征に参加していなければならない身だ。ただ、この年の高校総体の開催地は沖縄県だった。遠方である。遠ければ費用もかさむ。特にベンチ外の生徒については同行を積極的に求めない、と顧問の長沢美馬が、あらかじめ明言していた、という事実が存在した。

「ベンチに入れないし」

 部には三年生のマネージャーがいるため、那美はベンチ外なのである。

「自分のお金じゃないのに、スタンドで応援するためだけに出してもらうのも気が引けるし」

 なので、行かない。行くべきではない。一応の筋は通っていた。

「本当は行きたかったけど、仕方なかった!」

「よく言うよ」

 もちろん孝子はお見通しだった。最近の那美は、ロンドにかかりきりだ。楽しくて仕方がないらしい。マネージャー業務よりも「わんわん」を優先したのは明らかだ。「長沢談話」に、まんまと乗ったわけだが、それも、いいだろう。ロンドとは、遊ぶばかりではなく、しっかりと世話もしているようだ。不問が穏当といったところだった。

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