第三五七話 祭りばやし(一六)
バスケットボール競技のメイン会場であるバルシノ・アレナに、格別の熱狂はなかった。予選リーグ、グループAの最終節、日本対アメリカの一戦だ。今大会の台風の目と並ぶ者なき最強の王者の対決にしては、やや寂しい。
だが、ここまでの推移をつぶさに観察してみれば、仕方のないこととわかる。この試合は完全な消化試合なのだ。両チームは予選リーグ、グループAを共に無敗の四連勝で、ここまで勝ち進んできた。下位で星の奪い合いが起こったため、お互い以外との順位の変動は、もはや起こらない状況となっていた。一〇〇度相まみえれば九九度は負ける相手、それがアメリカだ。圧倒的な実力差のある相手に対して、死力を尽くすときは、一度に限るべきだった。その一度とは、もちろんゴールドメダルゲームだ。グループの一位と二位は決勝トーナメントの山が別となる。全日本とすれば、王者との決戦を先送りにする、という当面の目標は達成していた。無理をする必要は全くなかった。
そして、そんな全日本の腹積もりは、当然、アメリカも読んでいる。両者、小手調べに終始した感もある試合の結果は六七対九七で、アメリカが勝利した。順当、といってよかっただろう。
同日、別の会場ではグループBの最終節も行われた。ここに予選リーグの全日程が終わり、決勝トーナメントに進出する八チームが出そろった。グループAの最終順位は、一位にアメリカ、二位に日本、三位に中国、四位にセルビア、五位にブラジル、六位にフランス、となった。強国フランスが六位に沈んだことが、このグループのサプライズだった。一方のグループBは、一位に開催国のスペイン、二位にオーストラリア、三位にトルコ、四位にベルギー、五位にカナダ、六位にナイジェリア、ときた。
以上を踏まえ、決勝トーナメント一回戦、すなわち準々決勝のカードは、こうなった。
まず、グループA一位のアメリカが属する山だ。
グループA一位、アメリカ対グループB四位、ベルギー。
グループB二位、オーストラリア対グループA三位、中国。
次に、グループB一位のスペインが属する山だ。
グループB一位、スペイン対グループA四位、セルビア。
グループA二位、日本対グループB三位、トルコ。
一望すれば、世界二位と四位、オーストラリア対中国という強豪同士の顔合わせが、なんといっても目を引く。そして、全日本である。勝ち進めば、おそらく準決勝の相手は、開催国にして世界三位の難敵、スペインとなるだろう。
「オーストラリアじゃなかったな」
朝、起きてLDKに行くと、麻弥がいた。孝子は小さくため息をついた。
「また寝てないのか」
「うん」
このところの麻弥は夜更かしを連発している。夜更かしよりは夜明かしが適切か。ユニバースの視聴だ。その際の、ちょっとした飲食の利便のために、彼女はLDKを夜のすみかにしていた。ダイニングテーブルの上にはコーヒーカップと小皿が二枚あった。
「で。何が、オーストラリアじゃなかったって?」
「何、って。グループBの一位だよ」
麻弥は全日本とアメリカの試合を観戦した後に、グループBのスペイン対オーストラリアもはしごしていたのだ。
「『中村塾』とオーストラリアの、因縁の一戦がある、と思ってたんだけど。しかし、開催国は、ちょっと嫌な感じだな。オーストラリアとの試合でも、すごい歓声だった。できれば、アメリカの山に行ってほしかったけど。アメリカなら、そういうのは関係ないだろうし」
「アメリカと同じ山にならない限り、決勝までは確定、っておはるが言ってたんだし。どこが来たって大丈夫でしょう。あの子がなんとかするよ。ところで、朝は、どうする?」
「いい。寝る」
口をとがらせての返しだった。一向に乗ってこない孝子に不満なのだ。
「最近、生活のリズムがぐちゃぐちゃだよ」
「仕方ないじゃないか」
この時期、日本のここかしこで繰り広げられているであろうやりとりだった。
「仕方なくなんかない。見ないで寝ろ」
「無理。今日の夜はサッカーの準決勝があるし、明日の夜はバスケの準々決勝。で、一日空いて、バスケの準決勝」
「ほどほどにしてね。体、壊さないように」
「うん。じゃ」
「ああ。いいよ。やっておく」
ダイニングテーブルの上を片付けようとした麻弥を制する。さっさと寝ろ、と言外の含みだ。
「ありがとう。改めて、じゃ」
自室に戻っていく背中を見送ったら、リビングのソファに寝転がる。一人なら朝食を作る手間暇は無用のものとなる。トマトの一個もかじれば十分に満たされる孝子だった。少しのいとまができた形だ。楽で結構ではないか。




