第三五五話 祭りばやし(一四)
ユニバースの開幕から一週間が過ぎた。戦前、お家芸だの、「四強」だのと称されていた者たちは、どうなっただろうか。新たなるお家芸の候補たちは。そして、全日本女子バスケットボールチームは。
まず、「四強」だが、既に競技日程を終えた柔道と水泳は、なんとも言い難い結果に終わっていた。言うはやすく行うは難しを地でいったわけだ。「同僚」たちのつまずきを目にした体操、レスリングの諸氏は兜の緒を締め直した、とも伝わってくるが、どうなるか。
しぼみかけた日本人を奮わせたのは、バドミントンと卓球の「新・お家芸」コンビだ。バドミントンは、ゴールドメダル二つを含む四つのメダルを獲得し、卓球もシングルスで二つ、競技中の団体戦でも快進撃を続けるなど、順調そのものである。
しかし、勢いなら全日本も「新・お家芸」コンビに負けてない。予選リーグの全五戦中、四戦を終えて無敗。アメリカ以外が壮絶な星の取り合いを演じてくれたおかげもあって、早々に決勝トーナメント進出を決めている。最後に残ったアメリカ戦を消化試合とできる贅沢さだ。
そのアメリカ戦を明日に控えた全日本だが、日本選手団の滞在する選手村は日本棟のロビーに集結していた。他の競技の選手、関係者たちも詰め掛けている。かなりの人数になっているが、ユニバース後は高級マンションに転用されるという建物だけに、余裕の広さで、全く問題ない。
ところで、ロビーを見渡すと、どうも女性が多いようである。それもそのはず、U-23サッカー日本代表チームが選手村にやってくるのだ。U-23サッカー日本代表チームは、予選リーグの試合会場が隣州であったために、ここまでは現地のホテルに滞在していた。選手村への入村は、決勝トーナメントに入り、準々決勝を突破したことによるものだった。準決勝以降の全ての試合はバルシノで行われるのである。
U-23サッカー日本代表チームといえば、やはり、奥村紳一郎だった。容姿と能力が高次元で完璧に調和し、見る者を引き付けずにはおかない。ロビーの人々は、彼を一目見たさに集結した、といっても過言ではなかった。
「佐伯さんにお願いして、なんとか奥村さんと一緒に写真を撮りたいところです」
春菜の鼻息が荒い。この女、奥村のファンなのだ。
「静さんと須之は高校の後輩として、アシストしてくださいよ」
大変に偏屈な人とうわさされる奥村に対するため、彼と母校を同じくする静と景が動員されたことが、全日本総出のロビー行きのきっかけであった。
「無理ですよー。廊下ですれ違った、ぐらいしか接点がないんですよ」
「静さん。使えませんね」
「なんですか。もう」
静が頬を膨らませた、その時、だった。ざわり、とロビーの空気が動いた。ちょうど、正午。U-23サッカー日本代表チームの到着だ。監督らしきスーツ姿の男性を先頭に、屈強の若者たちが続く。拍手が湧き起こる。奥村は最後尾にいた。隣には佐伯だ。
「静さん。お願いします」
「無理です、って」
もめているうちに、簡便な歓迎式典が終わり、U-23の面々は割り当てられた部屋へと向かいだした。
と、佐伯が奥村と、もう一人、偉丈夫をを従えて、こちらにやってくる。
「おーい。妹さーん」
「あ。佐伯先輩。ご無沙汰してます」
義姉の友人という、この男とは高校のころからの顔見知りである。
「奥村先輩もいるよ」
「はい。奥村先輩。初めまして。神宮寺静といいます」
静は軽く会釈してあいさつだ。佐伯の後ろで、落ち着かない様子だった奥村が、しゃきっと背を伸ばした。
「奥村紳一郎です。あなたのお姉さまとは、高校の三年間、ずっと同じクラスで学ばせていただいてました」
「は、はい。存じてます」
堅い。思わず静も身構えてしまう堅さである。
「……あの、お姉さまは、お元気でいらっしゃいますか」
「おかげさまで……」
ははーん、となるところではあった、が。その方面について鈍重な静だ。事態を理解できず、よって返事も即妙とはいえない。
そこに割り込んできたのは、かの偉丈夫であった。
「佐伯。俺も紹介して。俺は伊央健翔。君は?」
紹介しろ、と言いながら、伊央は勝手に話しだしている。相手は、静ではなかった。
「名乗るほどの者ではありませんよ」
「名乗ってよ」
「嫌です」
珍なやりとりは、春菜と伊央だ。
「佐伯さん。この人、連れていってください。私、奥村さんと一緒に写真を撮りたいんですよ」
「俺なら大歓迎」
「あなたの写真なんかいりません」
「ここで写真とかやっちゃうと騒ぎになると思うし、後で、こっちから連絡する形でいいかな?」
佐伯が仲介に入った。
「わかりました。では、奥村さん。後ほど、よろしくお願いします」
反応はない。静に対する真摯な態度が一変して、見事なまでの無視だ。
「奥村さん。私、お姉さんの妹分ですよ。そういう態度だと、すっごい嫌な人でした、って言いますよ」
「……姉?」
「静さんのお姉さんなので、私は神宮寺孝子さんを、お姉さんとお呼びしています」
奥村の顔つきが変わる。
「本当ですか」
「本当です。居候もさせていただいていますし、ほぼ妹、と称してもよいでしょう」
そうこうしているうちに、U-23チームのスタッフがやってきた。部屋に荷物を置いたらミーティングなので行動を、だそうである。未練ありありの奥村を佐伯とスタッフ氏が抱えて連れていった。
「あいつ、女の子に興味あるんだね。サッカーにしか興味ないのかと思ってた」
一人、居残っていた伊央がつぶやいた。
「あなたも、さっさとミーティングに行かれてはいかがですか」
「つれないなあ。そうだ。名前。教えて」
「あなたに名乗る名前はありません」
伊央は春菜に執心らしい。またぞろやり合っている。ありさまを横目にしながら、静は沈思していた。自分の知る限り、まるで色気のない義姉である。全く興味がないわけでもないとは思うが、色恋沙汰の渦中にある姿が、想像しづらい人なのだ。そんな人が、考え得る限り最上級の男性に思いを寄せられている、と知ったら、どうするだろう。
これもまた、なんとも想像しづらいことであった。




