第三五三話 祭りばやし(一二)
ユニバースこと「ユニバーサルゲームズ」は、世界中の国と地域からアスリートたちが集結する、四年に一度のスポーツの祭典だ。今年は、スペイン北東部のカタルーニャ自治州バルシノ市で開催される。日本人のユニバースに対する注目度が高いこともあり、四年ごとに起こる狂騒は、毎度、一種異様なものとなるのが常だ。だとしても、今年のそれは空前だった。
お家芸が元気である。柔道、体操、水泳、レスリングの「四強」だ。この四競技だけで、従来の一大会におけるゴールドメダル獲得数を更新するだろう、などと予想されている。
「四強」に、追い付け、追い越せ、はバドミントンと卓球である。長年にわたる地道な強化策が実り、関係者からは、新たなるお家芸になりつつある、との声も出ている。種目数に差があり過ぎるので、メダルの獲得数では「四強」にかなわないが、「率」でいえば、この両競技は素晴らしい。実施される種目全てでゴールドメダルが有望視されているのだ。なるほど、意気軒昂となるのも納得だった。
ゴールドメダル期待組に次ぐシルバーメダル期待組の中には、全日本女子バスケットボールチームの名がある。世界二位のオーストラリア代表を撃破した実績が評価されたのだ。それ以外にも、LBAで活躍する静と美鈴、アジア選手権の敗退を経て結成された「中村塾」、不遜な言動の大エース、と話題性には事欠かず、注目度ではゴールドメダル期待組に勝るとも劣らない。国内が「ユニバースモード」となる以前から、せっせと話題を提供してきたかいがあった、といったところだろう。
その全日本は、この日の午前にスペインへとたった。第八次の、最後の強化合宿だ。
「黒須さんも豪気ですね」
そう言ったのは『バスケットボール・ダイアリー』誌の編集長、山寺和彦である。出発直前の全日本を取材した、その足でSO101にやってきた。彼自身はユニバース開幕の前日となる一週間後にバルシノ入りするそうだ。
山寺を迎えたのは麻弥と尋道の二人だった。「本家」か、剣崎宅か。移籍話についての惑う乙女心を、連日、語りに押し掛ける麻弥と、それを巧みにあしらう尋道、という組み合わせになる。引き続き、孝子は大学の考査、みさとは税理士試験の追い込みで、SO101には顔を見せていない。
「前回のボーナスの額にも驚きましたが、今回は、全員にビジネスクラスだそうで」
派遣される選手、スタッフは中村以下二〇人だ。このうち、LBAのシーズン中断後にアメリカから、直接、バルシノ入りする静と美鈴を除いた一八人に、黒須はビジネスクラスの搭乗券を贈っていた。
「そのおかげでしょうね。選手たちも、相当、気合いが入ってますよ。実際、ここまで本気で後押しされたのは初めてでしょう。やるときはやる。徹底的に。全く、見事です」
バスケットボールを愛し、なりわいとする者だ。今の事態を受けて、高ぶり切った山寺の語りは熱い。麻弥と尋道はうなずくばかりであった。カラーズの主要人物たちはいないのだ。さっさと帰ればいいのに。迷惑な、と思う気持ちが、正直、あった。故の、消極的な姿勢だった。
山寺の独演は続いた。いつしか今大会の展望に入っていった。取り出した手帳に予選リーグのグループ分けとトーナメント表を書き込んでいく。
全日本は予選リーグのグループAに属している。アメリカと同組だった。他は、世界四位中国、同五位フランス、同八位セルビア、同一五位ブラジルだ。グループBの顔ぶれは、世界二位オーストラリア、同三位スペイン、同六位トルコ、同七位ベルギー、同九位カナダ、同一四位ナイジェリアとなっている。予選リーグではグループの四位以上になれば、決勝トーナメントに進出できる。
「ずばり、二位か、四位、です」
トーナメント表を見れば一目瞭然だった。同じグループの一位と三位が同じ山に入り、二位と四位は別の山に入る。綺羅星のような世界的名手たちを擁するアメリカが、グループの一位を逃すことは、あり得ない。三位は駄目だ。準決勝で終戦となる可能性が極めて高くなる。
二位か四位だ。そうすれば、メダル確定への道が大きく開けてくる。こちらの山にも強豪はやってくる。開催国のスペインか。地元で一敗地にまみれた雪辱に燃えるオーストラリアか。いずれも侮れない。しかし、アメリカよりはましといえた。アメリカだけは、絶対に決勝まで避けていかなければならなかった。
ちなみに山寺の予想もとい希望は、こうだった。全日本は二位でグループAを通過するのが望ましい。一位はアメリカで、他は、中国とフランスが来るだろう。グループBは、オーストラリア、スペイン、トルコ、ベルギーの順だ。開催国の優位を、世界二位の地力が上回ると読む。開催国がアメリカの山送りとなるので、この順位を、ぜひ、である。この結果、全日本は準々決勝でグループBの三位、トルコと対戦する。アメリカは別格として、難敵といえるのはオーストラリア、スペイン、中国までだ。問題なく勝つ。続く準決勝は因縁のオーストラリアが相手だが、一度、勝っている。今回もいただく。決勝では、もちろんアメリカが待っている。率直に言って、勝利はおぼつかない。それでもシルバーメダルは、日本バスケットボール界、始まって以来の快挙なのだ……!
「神宮寺さんがいらっしゃらなくて、よかったですね」
山寺が帰った後、尋道がぽつりと言った。
「え? あ、ああ……」
山寺の熱気にあてられて、ぼんやりとして麻弥の反応は遅れた。だいぶ時間がたっていた。夕方になりかかっている。
「開催国は別の山がいい、とか。シルバーメダルは快挙、とか。怒りそうですよ」
「ああ……。それは、あるな。そういえば、ユニバースは、どうする? 集まって見るか?」
「いえ。基本的には各自としていただきたいのですが、女子バスケの決勝だけ、ちょっと予定がありまして。黒須さん主催の観戦会があるんですよ。当然、勝ち進むだろう、ってことで。まあ、女子バスケの応援というよりは、中村さんを応援する桜田OBの集い、のようなものみたいですけどね」
「どこで?」
「重工体育館です。お誘い合わせの上、いらっしゃいませんか? 呼ばれた以上、顔を出さざるを得ないとはいえ、一人で桜田OBの会になんか顔を出したら息が詰まりそうで」
この男で息が詰まるなら、自分など窒息死してしまう。麻弥の懸念に、尋道は首を横に振った。
「お任せください。当日、集まる桜田OBなんて、おじさんばかりです。若い女性の存在を盾に二階席を勝ち取ります」
「わかった。じゃあ、孝子だろ。斎藤、雪吹……」
「神宮寺さんは、いいです。間違って黒須さんと出くわしたら、面倒なので。それと、雪吹君は桜田のほうに顔を出さなくちゃいけないんじゃないですか」
「そうなると、あとは……。小早川はバルシノに行くんだっけ。おばさんとか、那美とか、か」
「お任せしますよ。人数がわかったら、教えてください」
話はまとまった。ぼちぼちと尋道が机の上を片付けだした。それを見て麻弥も身支度を始めた。時刻は午後四時半をまわっていた。引き上げどきだった。




