第三五二話 祭りばやし(一一)
みさとの介入で、神宮寺「本家」に所蔵される家財道具の始末は、一気に定まっていた。今日あたりから業者を入れての作業が始まると麻弥は聞いている。プロフェッショナルの邪魔になるので、孝子以下には、来るに及ばず、と指示が出ていた。もっとも、前期の考査期間に入って、孝子は勉強に集中しているし、みさとも税理士試験が近いとかで、こちらも勉強、勉強、である。春菜と佳世は第七次強化合宿に向かったし、比較的、自由な麻弥としても、そもそも参ずる気はなかったが。
解体および建築工事の期間中、「本家」の美咲と博は、みさとの提言どおりに成美の住む「双葉の塔の家」で居候生活を送る、と決まっていた。独居には広大に過ぎる空間に住んでいた成美だ。二人の来訪は大歓迎、といったところらしかった。
赤柴のロンドは那美の部屋に引っ越す。名乗りを上げた義妹について、
「意外と真剣にお世話してるみたいだし。任せてもいいかな」
孝子は、こう評して、許可を与えたのだ。発憤した那美は、一人で自室の家具の大移動を敢行し、ロンドのために広大なスペースを確保してみせたとか。
……自分は関わらない孝子たちの新生活の下地が、着々と調えられていっていた。なんでもないはずだ。親友同士とはいえ、同居までしていた今までが特異だったのである。普通、に戻るだけではないか。
だが、一方で、春菜と佳世は、普通、を拒絶して孝子に付き従うという。なんて連中だ、と思う反面、気が付けば憂い思いに沈みそうな麻弥がいる。
外出することにした。気晴らしに、ぶらりドライブをしてくる、と孝子には告げた。請け負ったイラストの仕事にあぐねている体でぼやけば、元々、人ごとには関心の薄い親友は、何も言わずに送り出してくれた。
出掛けはしたものの、すぐに麻弥は行き詰まった。それは、そうだろう。物悲しさのあまり、発作的に飛び出したのだ。当てなど、あるわけがない。思い人を訪ねて、悩みを打ち明けられたら、一番、よかったのだろうが、剣崎龍雅は多忙だった。ここのところは神奈川舞姫の舞台演出にかかりきりとなっている。邪魔をするわけにはいかなかった。
結局、麻弥が向かったのはSO101だった。尋道がいるはずである。他のメンバーが、それぞれの務めと向かい合う中で、カラーズの業務を一手に引き受けている。手伝って、気を紛らわすとしよう。
やはり尋道はSO101に在室していた。コーヒーカップを片手に、ぼうっとしている。小休止らしい。
「おっす。押し付けちゃって、ごめん」
途中で買った栄養ドリンクをワークデスクの上に置いた。奮発して、コンビニで一番高いやつだ。
「ありがとうございます」
「休憩中?」
「ええ」
対面に腰を下ろすと、われ知らずため息が出た。
「どうされました?」
「え? いや……」
この男に語るようなことではない、と渋っていられたのも最初だけだ。あっちへ行ったり、こっちへ来たりしながらも、麻弥はあるだけをぶちまけてしまっていた。
「真剣に対策を立てましょう」
麻弥の話を聞き終えた尋道は、断定的に言った。
「え……?」
「実家には、戻られないんですよね?」
「親が口うるさいから嫌だ。車も欲しいし」
「では、神宮寺さんのところで隠れ住むか、あるいは、剣崎さんのお宅に転がり込むか」
「は!?」
いきなり出てきた恋人の名前に麻弥は大声だ。
「聞いてください。まず、launch padで暮らすのはやめたほうがいいです。斎藤さん以外、さして親しくない人だらけだ。おまけに、あの人、税理士の資格を取るために実務経験が必要とかで、二、三年ぐらい、ほとんどlaunch padにはいないはずですよ」
「え。そうなの?」
「はい。明るいうちは神宮寺さんたちも出社してるので、いいでしょうが、暗くなって一人で部屋にこもっていたりしたら、ナイーブな正村さんは病むんじゃないですか」
言い返せない麻弥だった。
「正村さんと神宮寺さんは、ご家族同士の付き合いって、あるんですか?」
「世間話程度」
「なら、ばれませんよ。あとは、剣崎さんですね。剣崎さんは、どちらにお住まいなんでしょう?」
「椙山区の、かなり環崎寄り」
舞浜市一七区の一で、市域の北東に位置し、隣市の環崎市と接しているのが椙山区だ。
「おや。割と遠い」
尋道の調べによれば、剣崎宅からカラーズのオフィスが移転する幸区亀ヶ淵、launch padまでは、車で一時間強。電車になると、バスとの乗り換えが発生して、さらにかかるそうな。
「悩ましいですね。毎日、launch padに通ってくるのも、なかなかつらそうだ。お試しで同棲、なんていうのも面白いかと思ったんですが」
麻弥は噴き出した。
「さっきからお前は……」
「友情、利便と愛情をはかりに掛けて、せいぜい迷ってください。決まったら、口利きをしてあげてもいいですよ」
開いた口がふさがらなくなっている麻弥を尻目に、尋道は差し入れの栄養ドリンクのふたを開け、一気に飲み干している。軽口で、麻弥を和ませようとしてくれているのだろうが、それにしても、だ。全く、とんでもない男であった。




