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未知標  作者: 一族
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第三五一話 祭りばやし(一〇)

 全日本女子バスケットボールチームには、帰国後、一週間の特別休暇が与えられた。ここまで脇目も振らずに駆け続けてきたチームにとって、つかの間の憩いのひとときである。

 このひとときには色が付いた。日本バスケットボール連盟が支給する報奨金だ。連盟会長、黒須貴一のポケットマネーも投じられて、結構な額に達している。

「これで終わりじゃないぞ。今、関係各所に当たってる。ゴールドメダルなら、覚悟しておけよ」

 あおりに大歓声が上がったとか。

「那美さん! 見てください、この金額!」

 初めて見たという目録に、佳世は浮き浮きだ。週末夜の孝子の鶴ヶ丘行に付いてきて、那美を相手に見せびらかしている。

「どれどれ」

 さっとかすめ取られて、佳世は悲鳴を上げた。「本家」の書斎に集った孝子、麻弥、春菜は、そろって失笑である。なお、静と美鈴は世界最終予選会の後、再びアメリカに戻っていったので不在だ。LBAはユニバース期間中の一時中断までシーズンを続行する。

「返してください!」

「那美さん。それと引き換えにお金をもらえるわけじゃありませんよ」

「なんだ」

 春菜の指摘を受けて那美は目録を佳世に返した。

「池田さん。おごって」

「いいですよ。何がいいですか」

「調子に乗って、全部、使ったりしないようにね。多分、今回の報奨金は税金が掛かるよ」

 孝子のつぶやきに、佳世がすっ飛んでくる。

「あれ。ユニバースとかに関係する報奨金って非課税だろう?」

 商学部の麻弥も加わってきた。

「公的な機関が出す報奨金の場合は、でしょう。連盟の分は、それに当たるだろうけど、黒須さんのポケットマネーは怪しいよ。あの人が募ってる、っていうお金も私的なものとして扱われるんじゃないかな。下手をすると脱税だ。斎藤さんに相談して」

 早速、麻弥がスマートフォンを手にした。みさとに連絡を取ると、ロンドを愛でたいので、そっちに行く、という。遅いので、ついでに泊めてくれ、とも言ってきたようだ。

「どうする? そこまでしなくてもいいと思うんだけど」

 通話を保留して、麻弥が問うてきた。

「いいよ。来たらいいし、泊めてもやろう。その代わり、明日は終日、ここの片付けを手伝わせてくれるわ」

 建て替えに向けた片付けが、少しずつ進められている「本家」だが、現在、作業の責任者となっているのは美幸だった。美咲の取捨選択ぶりを耳にして、乗り込んできた。

「遅い。姉さん。遅いよ」

 築一〇〇年を超える物件に、蓄積されてきた家財道具は莫大だ。そこに持ってきて、美幸による綿密な検分が始まったので、美咲はぼやいたが、

「あなたがきちんとしていれば、こうはならなかったのよ」

 そう姉にすごまれては、沈黙せざるを得なかった。片っ端から捨てにかかった過去の自分に、見事、足を引っ張られた格好である。自業自得といっていい。

 美咲にとって頭が痛いのは、美幸の検分が終わっても、まだ次があることだった。移築だ。素晴らしく状態のいい「本家」を見るや、ぞっこんとなった大工の棟梁に、ぜひとも、とねだられて承諾したものであった、が。

「安請け合いするんじゃなかったわ」

 調査に始まって解体の完了まで、およそ半年は見ておいてほしい、という。新居の完成には、さらに一年――あくまでも万遺漏なく物事が進んだ場合の予定である。

「ああ、もう、姉さんといい、まだるっこい。どかん、とやってしまえば、すぐに終わるのに」

 といっても、口頭であろうと契約は契約である。そんな、憤まんやる方ない美咲の溜飲を下げたのはみさとだった。事情を聞くや矢継ぎ早に方策を打ち出していく。

「取りあえず、全部、貸倉庫に入れちゃいましょう。荷物の搬出入と倉庫での保管を、一続きでやってるところがあるんですよ。そのサービスを使って、一気に出しちゃいましょう」

「へえ」

 書斎に招かれた美咲と博は目を見張っている。

「で、美咲さんとおじいさまは『双葉の塔の家』に行っていただくのは、どうでしょう? かなり広い、と承ってますので、大丈夫かな、と。まあ、神宮寺成美さまと話し合ってみてください。どうかな。これで七月中に終わるかな」

「貸倉庫って、どれくらいするの?」

 今にも断を下しそうな美咲を前にして、孝子はみさとに問うた。

「長く預けるだろうし、結構、するかもね。でも、今だってスケジュールはぎりぎりなんでしょ? ここで時間をかけ過ぎたら、あんたと、あんたにくっついてくるハルちゃんと池田さんが路頭に迷う。launch padがあるけど、二回も引っ越しするの、大変だべ? お金で解決してもいいんじゃないかな?」

「そのとおり。斎藤さんは視野が広い。そうしましょう。手配をお願いしてもいい?」

「お任せあれ。美幸さまへの説明も承りましょう。さあ。話は終わった。ロンちゃん、遊ぼうぜ」

 孝子に寄り添っていたロンドが勢いよく駆けだした。大きく広げられていた腕の中に飛び込む。みさとの黄色い声が室内に響いた。

 自分にはついぞ見せたことのない激しい甘えっぷりに、那美は不平の声を上げているが、考えてみれば当然だ。「本家」の建て替えが迅速に済めば済むほど、最愛の主人との同居は早まるのである。ロンドとすれば、恩人に対する当たり前の礼節といってよかっただろう。

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