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未知標  作者: 一族
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第三四話 春風に吹かれて(一七)

 五月も残りわずかだ。初夏の候といっていい陽気の週末である。昼下がりに孝子は春菜を連れて鶴ヶ丘に戻った。少し遅れたが養母に引き合わせるためだった。

 神宮寺家の西門に車を近づけると、電動ゲートが自動で稼働する。これまではリモコンで開閉していたものを、ナンバープレートを参照するシステムに変更した、ということだ。敷地内のロータリーには隆行、美幸、美咲の車が置かれていた。位置は決まっておらず、その都度、とめやすい場所にとめるのだが、日常的に車を運転するのは隆行だけのため、大抵は同じ配置になる。

 ロータリーの奥まった位置に車をとめ、勝手口から、まず孝子が「新家」に入った。勝手口はパントリーにあるため、人を通らせるには美幸の許可が必要だ。パントリーを通ってLDKに入ると、キッチンでは美幸が洗い物の最中で、ダイニングでは那美が大きくカットしたメロンを食べていた。静と隆行の姿が見えないのは、静の土曜の午後は部活が定番で、勤務医の隆行は非番の日は昼すぎまで起床しないためだ。

「おばさま」

「あら、孝子さん」

「北崎さんと一緒です。ごあいさつに」

「ああ。どうぞ」

 孝子に呼ばれて、春菜も「新家」に入ってきた。

「お邪魔します。お母さま、このたびは本当にありがとうございました」

「北崎さん、お久しぶりね。いいのよ。その代わり、孝子さんをしっかり守ってね」

「お任せください。鉄壁です」

 春菜が那美のほうを見た。

「那美さん、お久しぶりです」

「……こんにちは」

 那美の表情は、やや硬いようだ。折り合いの悪い姉の、その友人である北崎春菜は、那美にとって面白からぬ人物ではある。

「メロン、いかがでした? お気に召したなら、がんがん送らせますよ」

 那美が食べているメロンは、北崎家が神宮寺家に、不肖の娘が面倒を掛ける、その謝意として贈ってきたものだった。

「がんがん!?」

「北崎さんのご実家はメロンの農家さんなんですって」

「あら、そうだったの……! 東海はメロンが有名だし、それで送ってくださったんだとばかり」

 那美がひょこっと立ち上がって、キッチンにやってきた。

「北崎さん。お願いしたら、がんがん送ってくれるの!?」

「もちろんです。」

「こら。那美」

 娘をたしなめつつ、美幸は笑顔で続けた。

「この子ったら、一人で半分以上食べちゃって。まあ、確かにおいしかった。私もちょっと食べたことがない味だったわ」

「うん。すごく、おいしかった。北崎さん、がんがん送って!」

 春菜が掲げた左手の手のひらに、右手の手のひらを那美が、パチンと合わせた。

「そういえば、今日は、麻弥さんは?」

「お留守番をお願いしたんですよ。今日は荷物が届くはずなんで」

 春菜、那美に向かってにやりとしてみせた。

「まさか!」

「その、まさか、ですよ!」

「北崎さん、海の見える丘に行こう!」

 抱き付かんばかりの勢いで那美が春菜に迫る。

「行きますか!」

「おーう!」

「……北崎さん、長沢先生へのごあいさつはいいの?」

 今回の鶴ヶ丘行きには、美幸へのあいさつの他に、春菜と静の再会、という副次的な目的もあったのだ。静の名前でなく長沢の名前を出したのは、姉妹の仲への配慮だ。各務門下の先輩、後輩として春菜と長沢は無縁ではない。

「アポも取ってないですし、今回は遠慮しておきます。そろそろ県の予選の時期ですし、お忙しいでしょう」

 後に春菜は孝子に、神宮寺姉妹の仲を考えての選択だった、と語っている。

「前にご厄介になった時ですけど、お二人があまり仲よしじゃないのが、なんとなくわかって。この間も私を見る目が、最初、冷たかったですし」

 せっかくご機嫌になってくれたので、静さんの名前は出さないほうがいいと思いました、と笑った春菜に孝子は深く謝したのだった。何も知らない那美は、向かった海の見える丘で、麻弥とのメロン争奪戦を明るく繰り広げたのである。一方の静も、美幸が黙して語らなかったので、孝子と春菜の来訪自体を知らずに終わった。ただ、那美がまた海の見える丘に遊びに行った、と聞いて、ふん、と鼻を鳴らしただけだ。

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