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未知標  作者: 一族
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第三四七話 祭りばやし(六)

 自称のビッグスリーが献じてきた策について、全日本ヘッドコーチ、中村憲彦は即断で採用したそうだ。取材者として、全日本の第五次強化合宿の初日に立ち会った小早川基佳の報告だった。周囲が疑念を呈する間すらなかったという。

「いいね。中村さん、肝が据わってる」

「うん。他は、みんな、ぽかんとしてるばっかりだったよ。かく言う私もなんだけど」

「小物め」

「ひどい」

 孝子と基佳のやり合いに、同じダイニングテーブルを囲んでいた麻弥の哄笑が加わる。国立トレーニングセンターでの取材を終えた基佳が、その帰途に立ち寄って始まった夜のお茶会だ。

「北崎さん、すごかったな。私に言ったもん。歴史の目撃者になりましたね、って」

「なんだ、それ」

「ゴールドメダル獲得の、今日が分岐点です――だって」

「言うね、あの子も」

「私、ビッグマウス、大好き。たっちゃんも、北崎さんぐらい、がつんと言ってくれたらいいのに」

「でも、あいつ、よくやってるじゃん。F.C.、負けてないだろ?」

 二月のシーズン開幕以来、基佳の恋人、佐伯達也が所属する舞浜F.C.は絶好調だ。新加入の佐伯と伊央健翔が、中心選手の奥村紳一郎、氷室勝成とかみ合って、今の今まで無敗街道をひた走っている。

「負けてないねえ」

 基佳の鼻がうごめいた。サッカー好きのスポーツキャスター志望が本領発揮だ。長広舌が始まった。途中、余計な話を持ち出しやがって、と孝子がこっそりにらみ付けると、麻弥も口元を微妙にゆがめているのが見えた。

「あ。正村さん」

「うん?」

 夜も更け、帰宅する基佳を見送るため、孝子と麻弥は屋外に出た。父の所有車という赤い車に乗り込みかけていた基佳は動きを止めている。

「車、詳しかったよね。買おうと思うんだ。今度、相談に乗ってね」

「え。これ、売るのか?」

 高級スポーツカーの行く末を案じる車好きの声は悲痛だが、扱いづらい、とこの車を好かない所有者令嬢はつれない。

「さあ? お父さんが、この使えない車をどうするつもりなのかは知らないよ。私は私ですぐに必要で。ほら。一介のスポーツキャスター志望にふさわしい車じゃないでしょう? どこに行っても悪目立ちするもん」

「まあ、だろうな」

「例えば、国立トレーニングセンターとかは、基本的にアマが使う施設で、アマでそんなにお金持ってる人って、なかなかいないじゃない? うん。駄目」

「わかった。取材に使うんだよな? 結構、遠乗りする?」

「関東圏は自力かな」

「予算は?」

 ……これまた長くなりそうだ。さっと引くと屋内に戻る孝子であった。


 不思議と連なったもので、週末にも車の話題だ。土曜日の正午から、神奈川舞姫関係者によるミーティングが開かれたのだが、その席でのことになる。

 ミーティング、といっても、オンラインの、それも、形式張らないやつであった。舞姫の始動まで、まだ半年以上の間がある。今後も、こういった場は必要となるだろう。テストも兼ねて、顔合わせを実施したのだ。故に、一通りのコミュニケーションが問題なく行えた時点で、参加者たちは三々五々、オンラインのミーティングルームを退出していく。

「郷本さん。最後に、よろしいですか?」

 元エヌテックポインターズの栗栖万里が声を上げた。ミーティングルームに残っているのは、彼女の他に、SO101のカラーズ勢だけだった。

「はい」

 孝子もみさともいるのだが、機器を設定した手前、ミーティングの取り仕切りも担っていた尋道を、栗栖は問い合わせる相手に選んだようだ。

「launch padの場所を、ネットで調べてみたんですよ」

「片田舎でしたでしょう」

「まあ。ただ、この間、こっちに来てくれた正村さんと雪吹君はご存じと思いますが、私が務めてるエヌテックの工場も、そこそこ片田舎にありまして」

「周り、結構、田んぼでしたね」

 麻弥が会話に加わる。舞姫関係者のイラスト制作を請け負った彼女は、選手たちの自主トレーニングを見るため、各地を巡回している彰に、ついで、と誘われて行動を共にしていた。栗栖と面識があるのは、そのためだ。

「ええ。で、車がないといろいろ大変で、私も車を持ってるんです。当然、ナジコなんですが」

「栗栖さん。何にお乗りなんですか?」

 麻弥の問いの直後に尋道のせき払いだ。孝子は麻弥の肩をぴしゃりとぶった。後にしろ、である。

「栗栖さん。わかりました。ナジコはまずいか、というお話ですね」

 エヌテックの宗主、ナジコ株式会社と、舞姫の宗主、高鷲重工業株式会社は、自動車工業分野において不倶戴天の間柄だ。相手方に、より強烈に憎悪の念を抱いているのは、販売台数で万年二位に甘んじている後者、といわれている。

「まずいです」

「やっぱり」

「場所が場所です。われわれも車の必要性は認識していますので、なんらかの手当の設定など検討して、おいおいお伝えしたいと思います。しばらくお待ちください」

「わかりました。よろしくお願いします」

 画面の向こうで、ショートカットに包まれた白い顔が深々と伏せられた。これをもって、第一回の神奈川舞姫オンラインミーティングは、つつがなく終了と相成ったのである。

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