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未知標  作者: 一族
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第三四六話 祭りばやし(五)

 全日本女子バスケットボールチームの第五次強化合宿に招集されたのは、広山真穂、志摩瑞穂、武藤瞳、木崎美桜、ティアム阿弥、北崎春菜、淵麻純、市井美鈴、神宮寺静、出水咲織、須之内景、池田佳世、以上一二人だ。山賀祐里、村上晴美、新原瑶、丹羽茜、武田千春ら五人は落選となった。一七人から一二人へ。ヘッドコーチの中村憲彦が、かねて予告していたとおりのタイミングで、メンバーが絞り込まれたわけである。この一二人が世界最終予選会および「ユニバーサルゲームズ」に挑む顔ぶれとなる。

 六月初旬、LBAのシーズンを切り上げた静と美鈴は、レザネフォル国際空港発の深夜便で帰国の途に就いた。

「おーい。スーちゃんや」

 飛行機の座席に収まったところで、静の席に美鈴が押し入ってきた。二人はビジネスクラスの、半個室となるシートを手配していた。二人が並んでも十分な広さがある。

「眠くなるまで、ちょっと語り合おうぜ」

 既に静は眠かった。周囲の乗客は早々に寝入っている気配だ。あらゆる意味で、迷惑な申し出だった。

「美鈴さん。声」

「わかってる。レザネフォルじゃ、アートがいて話せなかったけど、全日本、やばくね?」

「はあ」

「何がやばいって、ミーティアに負けるのは、いいんだよ。私を抑えられなくても、やばくない。だって、本番では味方だからな。問題は、シェリル。やばい人だとは思ってたけど、本当にやばい」

 美鈴の語彙も、やばいことになっているが、心情は理解はできた。あの「至上の天才」、北崎春菜をして、まるで歯が立たなかったシェリル・クラウスだ。

「前に春菜が言ってたじゃん。あの子がシェリルを引き付けている間に、他のメンバーで、なんとかかんとかアメリカに勝つ、って」

「はい」

「無理だろ。春菜のマークをしつつ、余裕で全日本を蹴散らしてたよ、シェリル」

 美鈴の言うとおりだ。エンジェルスの味方として眺めていたシェリルの動きに、付け入る隙はなかった。完璧という言葉の具現に思えた。自分が、美鈴が、全日本に加わったところで、あの人を掣肘することは不可能だろう。静の述懐に美鈴もうなずいている。

 もとより弾ませようのない話題だった。そのまま会話は途切れ、やがて美鈴は自席に戻っていった。飛んでしまった眠気を呼び戻すのに、静は苦労する羽目となった。

 早朝の東京空港で二人を出迎えたのは孝子と春菜だ。到着ロビーにたたずんでいた細大の組み合わせは、静と美鈴に気付いて、手を打ち振ってきた。

「お帰り」

「お二人とも、お疲れさまでした」

「珍しい組み合わせだな」

「折り入って二人に相談がありましてね。お姉さんに連れてきていただきましたよ。まずは、動きましょう」

 ターミナルビルを出ると、外はすっかり明るかった。飛行機の中から見たときは、まだ薄明だったものが、降機の間に明けたのだ。季節は初夏だ。午前五時半の空でも目にまぶしい。そして、

「暑っ」

 静は思わず口走った。

「レザネフォルと比べると、そうだろうね。時差がなかったら、避暑に行ってみたい気もするけど」

「たーちゃん。むちゃを言うなよ。車は?」

「すぐそこ」

 孝子の言ったとおり、車は駐車場のターミナルビル側すぐにとめられていた。

「で、春菜。相談って、なんじゃい?」

 車が動きだした。助手席に春菜、後部座席に静と美鈴が並ぶ。

「ゴールドメダルの秘策を思い付いたんですよ。有用だと思ったら、私と一緒に中村さんに建白してください。全日本のビッグスリーがそろって頼めば、受け入れていただけるのではないかと」

「なんだ、なんだ。春菜。めちゃくちゃするのか」

「考えようによっては」

 静と美鈴は顔を見合わせた。

「春菜さん。一体、何を?」

「私がプレーしなかったら、どうなると思います?」

「は。そんなの、アメリカにぼっこぼこにやられるだけじゃん」

 すっとんきょうな声を美鈴が上げた。

「いえ。コートの上にはいます。でも、プレーはしないんです。ボールと距離を置いて、突っ立ってます」

「おとりになってシェリルを引き付けるの?」

 つぶやいたのは孝子だ。

「お姉さん。素晴らしい読みです。桜田の男バス諸君は、よくアメリカをコピーしてくれましたが、唯一、シェリルだけはうまくいきませんでした」

 春菜は続ける。

「といっても、彼らの仕事がまずかった、と言っているのではありません。シェリルの強度だけは、しっかりと再現してくれましたよ。でも、知性は、駄目でした。その知性に基づいた、あの人のプレーぶりも、当然、失敗です。あの人のバスケットボール・インテリジェンスは異常ですよ。あの人がいる限り、例えば、全日本がコートに選手を六人入れたとしても負けるでしょう。静さん」

「は、はい」

「私とシェリル、いなくなってより困るのは、全日本とアメリカ、どちらだと思います? 遠慮せずに言ってください」

 アメリカ、だろう。共に大黒柱の貫目といっても、まるで太さが違う。静の返答に春菜は満足げだ。

「でしょう。納得いただけたなら、中村さんへの建白を一緒にお願いしますね」

「でも、さ。春菜。シェリルが春菜を無視してきたら、どうするん?」

「そのときは、シェリルが『機械仕掛けの春菜ハルナ・エクス・マーキナー』の底力を思い知るだけです。あの人は私から離れられませんよ。そうなれば勝負は四対四です。ゴールドメダルは任せました」

 問いに対して昂然と春菜は言い放った。前代未聞の策だが、相手はあのシェリルである。他に選択肢が存在するとは思われない。静はうなずいた。遅れて美鈴も応諾する。吉と出るか。凶と出るか。二つに一つだ。

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